
超個人的な話ですが、
声が出ません……。
症状
声が出せなくなってしまった。
今はだいぶ〝峠を越した〟感はあるけど、やはり声が出しにくい。
全くの失声症というのではなく、声を出そうとすると、喉が勝手に閉まる。だから絞り出すように喋るのだけど、喉が閉まっているので、すごくザラザラのエッジボイスで、声が途切れて、かつ声量も出せない。喋ることが苦しいし、つらいし、今はだいぶおさまってきたものの、ひどいときは痛い。
何が困る、って、職場で話が出来ない。内部の人に話をしても、電話でも聞き返される。「え?」とか、「聞こえない」とか。外部の方から、「大丈夫ですか? 体調悪いんですか? お大事に」と言われたことも。
心の中では、本当にごめんなさい、って感じだし、申し訳ない気持ちで自分責めにつながって落ち込むし、伝えたいこともなかなか伝えられなくて、もどかしいし、苦しいし、声を出すたびに自分が嫌になる。
今でこそなんとか少し出せるようになってきたものの、喋ることに対する抵抗感が強くて、相当なストレスだ。電話が鳴ったり、電話をかけなきゃいけなかったり、『喋らなきゃ』って時は、それだけで心がグッと重くなる。そしてますます声が出なくなる。
もうずーっと、喉に何かが引っかかっているような気がするのだ。かれこれ1年半以上ずっと。
診断
原因の想定はついてたのである程度諦めていたのだが、とうとうどうしようもなくなって、耳鼻科に診てもらった。その時は【逆流性食道炎】って言われて、薬をもらってお陰様で完治したけど、声が出にくいのは以前と変わらない。声が出せない感覚は同じまま。
何度も医師にスコープで診てもらうのだけど、全く異常ないと言われる。ただ、「喋る時に変なクセがついてしまってるので、言語聴覚士から正しい喋り方を学んでください」と言われて、それからは言語聴覚士の先生から診てもらっていた。
発声
声に関する私自身の経歴(?)だけど、もう10年以上(途中休んだりとかはあったが)ボイトレに通っていて、歌や話し方を学んでいる。滑舌、発声の仕方、セリフ、朗読、息、音程とかいろいろ。
ボイトレに通い始めた理由は、
①元々声や歌に対してコンプレックスがあり、少しでも良い声・歌・喋り方にしたい、と思ったこと。
②職場で威圧的な人や苦手な人がいると声が出にくくなるので、技術面を向上させればそんな時でも声が出るんじゃないか、と思ったこと。
私は声に対して適性が本当になさ過ぎて、たぶん他の人の50倍くらいかけてやっと同じくらいに立てる、ってくらい不器用で不向きだった。だからいくら練習しても下手だった。でも好きだったから、なんとか粘ってボイトレを続けた。
結果、破滅的に汚く聞き取りづらかった声や、超絶オンチの救いようのなかった歌も、〝ちょい下手〟くらいまでには格上げされた。カラオケ大好き、声優さんを尊敬、YouTubeとかでもボイトレ系を見まくってたし、週一で自主練行かないと気が済まないくらい(いや、本当に好きな人からしたら少ないけどね)、〝声〟に対して向上心というか、関心があった。金銭換算では、優に100万とかはかかってると思う。
それがこのザマに陥ってしまったのは、私にとってとてつもない大打撃だった。
もう10年以上(独学カラオケとか含めるとそれ以上)積み上げてきて、やっとそれなりに獲得した声の出し方というか技術のようなものが、一瞬のうちに壊れ果てたのだ。(②が成り立たないことがあっけなく証明されてしまった!)声が出ない、出せてもひどい、喋るのが苦しい、意思疎通が困難、話をするのが怖い……。焦りと絶望感がますますひどい状態を引き寄せて、泥沼に陥ったように、ずぶずぶ沈んでいってしまった。
模索と原因究明
医師は毎回、機能的には全く問題ないと言う。でも、職場では声が出ない。
言語聴覚士の先生の指導事項は、正直ボイトレで教わっていたことの中の基礎中の基礎(呼吸とか息とか)だから、歯がゆい心境だった。こんなこともできない(苦しい)のか!と絶望的だった。あれだけやってきたのに今更これをするの?という悔しい気持ちもある。中でも最も〝効いた〟と思ったのは、「大丈夫だから自信持って!」という一言だった。
その後、了承を得た上でボイトレも自主練も再開し、長らく行けてなかったカラオケにも行き、半泣きになりながらいろいろ試した。でも、練習しても練習しても、一向に改善しない期間が長く続いた。声に関わる複数の先生達があれこれと指導してくれるのだけど、なかなか良くならない。今はだいぶ良くなった感覚はあるが、一時期は絶望的だった。
いろいろ試してみた結果わかったことは、
- 地声が出せないこと。(音階で言うとC4以下。G3~A3あたりとか特に。)
- 朗読、読み物系を読もうとすると声が潰れること。
- 歌はほぼ問題なく自然に歌えること。(ただし地声音域はまだかすれたりもする。)
- 比較的安心して喋れる人に対してこそ、声が出なくなること。(要は地声が死滅してる。)
- 外部用の高めの声(対宅急便さんとか店員さんとか)は出せること。(ただし職場以外。)
「声帯を締めすぎてるのでは」と言ってくれる先生もいて、それを改善するレッスンをしてくれているのだけど、本人の感覚としては、声帯ではなく、喋ろうとすると勝手に〝喉が締まる〟という感覚だ。首の中で、無意識にもグッと力が入るのがわかる。喉の筋肉が強張ってしまってる気がする。だから無理に声を押し出そうとすると、喉が痛くなる。(声帯締めだったらこんな痛みはないんじゃないのかな。)
【喋ろうとする=〝喉を締める〟】という反射的反応が出来てしまっているんだと思う。
変化?
何ヶ月もそんな時期が続いて、やっと変化が現れた。言語聴覚士の先生の前では、震えながらも朗読出来たりする。歌声も、低音は締まったようなガラガラの小さな音だけど、高音や歌うとなるとかなり以前のように出せるようになった。「改善の見通しが見えてきましたね~」って感じで毎回レッスンを終え、ルンルンで帰宅したりする。自主練でも音階練習で出せる音域を広げていく初歩的で地道な練習を繰り返す。
やっと明るい兆しが……!と思うのも束の間、職場に行ってひとたび口を開けば、「おはようございます」がまた死んだ人のような声になる。(出したつもりが出てない、という感覚が近い。)
全く変わってないじゃん!!
と、思いながら席に着く。話す時にはまた声は出ない。電話も話し声も、以前と同じ喉を締めた声になっていて、声を出すことがとにかく苦しい(痛い)。
真の原因
そう、私の声が出ない原因は、ほぼ確実に職場にある。
もう無理ってくらい苦手な人(常にピリピリ、イライラして、怒鳴ったりする人だ)が近くにいて、毎日非常なストレスを感じていた。慣れない仕事で毎秒不安で精神がガチガチで、失敗やミスに対する恐怖や人に対する恐怖やらで常にビクビクしてて、萎縮していたのもある。職場にいるとき、常に精神は緊張状態だった。
まぁHSPなら緊張状態はほぼ通常モードなのだが、たぶん過緊張が続きすぎたのだと思う。
というわけで、何事もやっぱりメンタルだよね……。職場以外なら声が出る。まだ地声は修復途中だけど、たぶん職場以外で喋る練習をしてたら治りそうな気はする。医者は「機能的には全く問題ない」を繰り返すし、言語聴覚士の先生のレッスンを受けても一時的な回復(あれ?普通に喋れるじゃん!を繰り返すだけ)なので、今は通っていない。
悪循環
でもまさか、本当に声が出なくなるとは思ってもいなかった……。
マンガや小説みたいに完全に出ない訳じゃなくて、すごく苦しく絞り出してるような状況なので、他の対応策がなくて、ただ出しづらい声に自己嫌悪する日々。
だが、声を出す場所のほとんどが職場である私(一人暮らし)にとって、声が出なくなる原因である場所(=職場)で大部分を過ごす以上、いくら仕事帰りに自主的な発声練習をしても、悪い声の出し方(喋ろうとする瞬間に喉をわざと締めるクセ)の方が優勢になり、常態化してしまうのだ。ボイトレで一瞬「治った!」と思っても、また職場に行くと元に戻ってしまう。そしてその落胆が絶望感になって、ますます私の心にのしかかり、悪い喋り方のクセがどんどん固定化される。悪循環の日々だ。
解決策
解決策は、今の職場から離れた場所で少しずつ元の声を取り戻すしかない。そして、本来の喋り方の方を職場でも使っていけるようにしていくしかないのだろう。心療内科とかに行って診てもらった訳じゃないけど、たぶん十中八九同じように言われると思う。
手っ取り早く考えれば、職場を変えれば声取り戻す希望があるかもしれないけど、HSPはどこ行っても何やっても何かしらのストレスがあるものだからね……。
現状
今の自分の精神的な状態を観察すると、安心感という部分がスッポリと抜けている。拠り所がないのだ。この人なら大丈夫とか、ここなら安心とか、そういう絶対的に気を緩められるものが無い。普通の人なら、家族とか、恋人とかになるんだろうか。子供の頃は、母親という存在が〝一度遠くへ行っても戻ってこれる安心の場所〟という精神的拠り所として刻み込まれるという。それが正常に与えられて育つと、大人になってから安心感とか、自信とか、流行りの自己肯定感とかをちゃんと適切に持った精神状態の大人になるそうな。なんかそういう軸みたいな部分が、今の私には何もない。
ありがたいことに、周りの人達(主に職場の人)は、こんな私のこともいろいろ褒めてくれることが多いのだけど、それでも自分に自信が持てない。ふと気づくと不安になってて、自分が劣ったダメな存在に感じられて、無力感と虚無感に襲われている。
それにプラスして職場環境(人間関係とか)が常に安心して喋れる場所ではないこともあって、常に私はビクビクしてるように思う。
今は前ほど職場での過緊張はしてないと思ってるけど、〝出ない喋り方〟が常態化してしまってるようで、ある程度安心してる時でもうまく喋れない。喋ろうとするだけで、喉締め声のスイッチが入ってしまうのだ。そしてその状態で声を出そうとするほどに締まっていって、痛い。
でも職場外だと今はほぼ普通に喋れるから、メンタル、それに尽きる。
願望
とにかく、再び声が出せるようになりたい。あれほど長い時間と情熱を注いで体得した自分の声を取り戻したい。喋ることが苦しいだなんて……。「今日は喋れるぞ!」と思っても、喉をロープできつく締め付けられたみたいに、出せない、痛い、つらい。仕事にも支障が生じているし、精神的にもとても負担になっている。外では出せるんだから、出せるはずなんだ。出したい。楽に喋りたい。
今年こそは声を取り戻すぞ、と年度当初に気持ちを新たにしたのだった。(が、職場に行くと……。※以降繰り返し)

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