[無料]自作長編小説 『戦乱虫想(せんらんむそう)』 第8章 ???族

アイキャッチ(戦乱虫想8) 長編小説
筆者
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執筆大好き桃花です。

大昔に書いた自作小説の最終章です。

拙いですが、温かな目で見守っていただけると幸いです。

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本作は、2012年に新人賞に応募(落選)した自作長編小説を一部修正したものです。つたなく恥ずかしい限りですが、自分の成長過程としての遍歴を綴る、というブログの理念から勇気を出して公開します。

『戦乱虫想(せんらんむそう)』あらすじ

目を覚ますと、俺は虫達が闘いを繰り広げる戦乱の世にいたーーー。思った事を現実化させる不思議の術を持ちながらも、自分が何者なのかわからない。

現世に戻れる方法を模索しながら、自分の〝族〟を探す旅に出る物語。エンタメ系。

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第8章:???族

その1

 ちらちらとまたたく魂の星に見つめられながら、胡蝶こちょうの隣を歩いていた。

 何と声をかけていいものか迷ったが、結局何も言わなかった。

 胡蝶を見ればツンと唇を引き締めたいつもと変わらぬ表情で、ぐんぐん前に進んでゆく。

 だがいつもと変わったところと言えば、この風景だろうか。新鮮な彼女の横顔を時にうかがいながら、俺も大股で歩いた。

 それにしても、溜め息がこぼれてしまう程の美しい星空だった。上空をあおげば、吸い込まれてしまいそうな藍の海に心は満ちた。深く、遠く、宇宙が広がる。

 通り抜ける風が、俺とともにでてゆく胡蝶。二人の時間を染めていく。大気はいま何よりもんでいた。

 俺は胡蝶の視線もかえりみず、彼女からもはっきりと気づかれるように彼女を見つめた。照れ臭くなって視界を少しバックさせたら、綺麗にめかし込んだ彼女が一望に目に飛び込んできて、もっと失敗したと思った。月にあてられて、思わず「今夜は綺麗だな」と言いそうになるのを、やっとこらえていた自分がいた。夜空に真珠は満ちている。つかみ損ねる無意識までもを隈無くまなく照らし出し、さらに美しく胡蝶の横顔を染め上げた。

 攻撃的な目をさっと横に流してから細め、口元でふふと笑い、胡蝶は楽しげに口を開く。

「どうした」

 やわらかい、仲間に向けた声だった。もう俺のことを警戒してはいないようだった。俺は見透かされたふうに微笑みで応じた。俺もすっかり心を許していた。

(かたき)は討ったな」

「ああ」

 流れる風を追いかけながら、俺と胡蝶が並んで歩く。

 胡蝶の目標は達成した。これから村へ戻り、祝杯をあげ、仲間の労をねぎらうだろう。軽やかな気分は歩みも踊らせ、浮き立つ心で全身も飛んでいってしまいそうだった。頭の中が軽くなって、なんにも考えずに呼吸できるなんて幸福だった。

「……結局、お前が何族かもわからずじまいだったな」

 胡蝶の言葉が、一気に俺を現実へと引き戻した。そうだった。俺は自分の行くべき場所がまだわからないんだった。

 急に気持ちがしぼんだ。当たり前のように蝶族の中に入れてもらっていたけれど、それすら本当は異例なことだ。胡蝶が出て行けと言えばそれに従うのが道理。この虫界せかいでは、〝族〟は命を上回る程に大事なもの、誇りそのものだ。そもそも自分が何者かもわからないなんてことが、家族も仲間も帰る場所も思い出せないなんてことが、狂っている、おかしいのだ。

「もしかしてお前……」

 目の前に立ち止まった胡蝶の大きな瞳が、俺を外すことなく見据えた。

「〝ヒト族〟か?」

 皆恐れて名前すら口に出さないという恐怖の族を彼女は口にした。暗黙の了解に包まれたその〝恐怖の族〟を、俺もこの世界に来た瞬間から潜在的に認識していた。だが胡蝶も俺も誰もかも、口にしようとはしないできたのだ。何言ってんだよ胡蝶、と笑い飛ばそうとした時既に俺の記憶は、〝人間〟のものに染まってしまっていた。同時に俺は、知ってしまう。もう二度とこの世界には戻ってはこられないということを。

 胡蝶は何も言わなくても俺の表情からいくらか悟ったらしく、まさかという顔をしてから眉間にしわを寄せた。

「いくのか? 〝ヒト族〟に」

 答えられない俺の顔を矢のように見つめ続けていたが、しびれを切らして彼女は叫ぶ。

「私の許し無しに勝手にゆくことは許さん!」

 柳眉りゅうびを逆立てている胡蝶の顔をただ眺めていた俺は、頭の中では嵐がすーっと収まり、一カ所に規則正しく並んでいくのを見ていたのだった。解決したという爽快感は、暗闇に明るさをもたらすような平和をおいてゆく代わりに、ぼんやりとした霧をいていく。ますます胡蝶の怒り顔がくっきりと、目に焼き付けられていく。

「そうだ! 舞を伝授しよう! これでお前も晴れて、由緒正しき蝶舞ちょうぶを舞えるぞ」

 ガシッと両肩を捕まれて、勢い込んだ胡蝶が目を輝かせる。無理に引き上げられた口の端が震えているのを見て取った俺は、笑うことができなかった。彼女の目を見つめながら、極めて冷静に声を押し出した。

「胡蝶、これは、俺の夢の中の世界なんだ。俺はずっと、夢を見てきた。もうすっかり、記憶が戻ったんだ。俺は虫じゃない。人間だったんだ」

 みるみるうちに胡蝶の表情は焦り出し、回転の速い頭をフルに稼働させてあらゆる手段を考え尽くしたようだったが、もうヒトの目をしている俺に落胆して目を落とした。だが考え直してすぐに顔を上げ、ドッと込み上げる怒りを抑えることなく全て俺にぶちまけた。

「お前や私が命を懸けて戦い抜いてきたこと全て、貴様の夢だったと申すのか!? 貴様が最初に負った傷も、女瓏じょろうを倒したことも、薄紅うすべにが我らを助けるために命を落としたことも、比卑瑠ひひると出会ったことも、他族と新しく持った絆も、私の兄が死んだことも、全て、貴様の頭の中の世界だったと申すのかッ!?」

 胡蝶は、今にも嚙み付くような目で俺をにらんでいた。両肩に乗せた手は力の限り俺を掴み尽くしている。それでも俺はちっとも痛みを感じない。悔しそうに胡蝶は手に精一杯の力を込めてみたが、俺の冷静な目は痛みを知らない生き物だった。

「全て………、私が生まれてからこれまでのこと………、大切なもの………、この手から感じるぬくもりもすべて……!!!!」

 はらはらと大粒の涙が胡蝶の目からしたたり落ちていった。月の明かりがキラリと照らして、真珠のように美しく土に吸い込まれてゆく。まさか夢の中とは思えない程の、(こま)やかで鮮明な事物の動き。胡蝶の強気な表情と甘酸っぱい願望が心を激しく打つ。

 肩から伝わる熱い思い。確かに感じる、華奢きゃしゃなのに力強い手の感触。全て次に目を開けた時には消えてしまう。

 山間(やまあい)から徐々に白みはじめ、夜が薄らいでいく。終わって欲しくなかった夜に、もう悪あがきもできなかった。

  ――お別れだ。

 胡蝶は涙をいっぱいに溜めた瞳で大きく驚愕きょうがくし、両肩を掴んでいた手で俺の二の腕を痛いくらいに握りしめて首を左右に振った。残酷にも一気に眠気に襲われ意識が朦朧もうろうとしてくる。

 夢中で胡蝶の真っ赤な口紅に自分の唇を近づけた。ほんのり甘い香りが鼻孔びこうをくすぐる。もうこの香りを嗅ぐことがないと思うと、閉じた目からは熱いものが流れ出て行くのだった。

 まぶたをやさしく撫でてゆく白い光に揺り起こされて、自分の居場所を知った。次第に頭がえてきた俺は、バカみたいに濡れた布団に唇を押し当てていた。

 一度目を開けてカーテンからのぞく平和な朝日を見て、全身が震えるくらい失望した。

 布団にぎゅっと閉じた目をうずめる。大きな胡蝶の瞳。妖艶ようえんに笑う女瓏の口。澄み渡った夜のにおい。優しい薄紅の笑顔。秋津あきずの無邪気な笑い声。蚱蝉さくぜんの夢。蟻憲ぎけんの真面目さ。芦奈賀あしながの専心。卑比瑠のがさつさ――。

 胡蝶の声が、今もありありと胸に響いている。

「はたいてくれ、俺を。目一杯……」

 目を閉じていればすぐにでもあの世界に戻れるだろうかと、強く瞼を閉ざしたまま、意識を消すことに必死になった。だが起きてしまった脳は、もう夢には戻ろうとしてくれなかった。

 やむなく上体をベッドの上に起こし、部屋の中をぼんやりと見つめた。昨日まで何の疑問もなくここで生活していたのに、今とその時との間に、とてつもなく大きな時の川が横たわっている気がした。

 鮮やかな旅の記憶が現実よりも強く胸に残っていて困惑した。こっちの世界のどんな友人知人でさえすぐに思い出せぬ程、ついさっきまでいた虫界の人々が強い存在感で俺をひたしている。今こそ夢じゃないかと思う。こんなに淡い、抜け殻みたいに生きてたって間に合う程度の、どこに命を懸けていいかもわからないぼんやりした世界など……。強烈に胸が痛んだが、無性に泣きたくてももう泣けなかった。

 ベランダに出る窓の前に立ち、カーテンを開けた。そこから見下ろす細い路地を、早起きのおじいさんが自転車で抜けていく。真っ直ぐ前に目をやれば、電線に掴まるカラスがだるそうにカァと間抜けな声を出した。

 いつもよりずっと早く着替えて準備をし、人通りの少ない通りに出た。気を張り詰める必要もない穏やかな通りを半分放心してぷらぷら歩いていると、小さなモンシロチョウが目の前を横切った。

「胡蝶……?」

 チョウは俺の声に反応することなく、誘うように俺の周りをひらひらと舞ってから、そのままスッと青空に吸い込まれ、優雅に飛んでいった。雨の降りそうにない、境目もわからない青い空をどこともなく、見つめていた。

筆者
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というわけで、「胡蝶の夢」をテーマにしたお話でした。

長らくお付き合いいただきありがとうございました。

オマケ:四字熟語

胡蝶の夢:現実と夢の区別がつかないこと。自他を分たぬ境地。また、人生のはかなさにたとえる。蝶夢。(出典:広辞苑)

 参考:邯鄲かんたんの夢、廬生ろせいの夢、黄粱こうりょうの夢、南柯なんかの夢、槐安かいあんの夢
    ……いずれも、人生の栄枯盛衰のはかないことのたとえ。)

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