執筆大好き桃花です。
恋愛ノベルゲーム「悪魔執事と黒い猫(あくねこ)」の二次創作で短編小説を書いてみました。
今回かなりシリアス系です。
【注意事項】
下記作品は、恋愛ノベルゲーム「悪魔執事と黒い猫(あくねこ)」を題材に、私が書いた二次創作の短編恋愛小説です。
可能な限り元ネタの設定・構成・性格等を崩さないよう配慮しておりますが、私自身まだ元ネタのストーリーを完全に読み切れていないこと、元ネタのストーリー自体も途中であること、等の事情もあり、矛盾や乖離が生じる可能性もございます。
また、個人で作成した作品ですので、今後の本家様のストーリー展開には一切影響いたしません。
あくまで素人の二次創作であることをご理解いただいた上で、お気軽にお楽しみください。
(対象年齢:センシティブな内容を扱っておりますので、R15(15歳以上)とさせていただきます。)
※本作品は「その①ハウレス編」「その②ボスキ編」「その③アモン編」「その④ルカス編」の続きのストーリーとなっております。その①~④を読まずに本作だけでも充分お楽しみいただけるかと思いますが、気になる方はその①~④もお読みいただけると嬉しいです。
※短編とは言え15,000字以上ありますので、目次をしおり代わりに利用してくださいね。
※一部ネタバレも含むため、エピソード3読了後での閲覧を推奨します。(一応根幹の部分は伏せています。)場面設定としてはエピソード3以前の段階としています。
礼儀正しく、話し方も丁寧で紳士的だが、機嫌が悪くなると何をしでかすか分からない。狂気的な性格で他の執事から警戒されている。
仕事の担当は音楽係。
趣味は蟻の巣の観察。好物はパセリ。醜いものが嫌い。
狂気的なラトと接する機会が触れるにつれて、主は自らの闇を思い出していく。
その⑤ ラト編 『渇望の新月』
風月(ふうげつ)~美しい世界~
私はいつも、目に映るものの情景描写について考えながら世界を見ている。
この美しい風景を、一体どうやったら言葉に書き留めておくことが出来るんだろう? 車窓の向こう側に流れる景色を、一瞬の後にはみるみる消えていってしまう世界の移り変わりを、パッと目に飛び込んできた印象的な情景を、胸を揺さぶるような淡くて儚い瞬間を、一体どう表現したらありのままに切り取れるんだろう? 生き生きとした魅力ある形容が出来るんだろう? 伴う雰囲気や感情に迫るものまでを忠実に写し取れるんだろう? ……そう思いながら。
でも、どんなに芯を削り筆力を上げたところで、実在する本物の美しさを再現することはかなわない、とも思ってる。
それでも綺麗な場面を見るたび、それは決して、宝石をちりばめたような美しい夜景や思わず驚嘆するような素晴らしい絶景にとどまらず、日常に溢れるごく当たり前のワンシーンを目にするたびに、ついつい自らの記憶に焼き付けて、いつか言葉で現像したいと思ってしまう。
この世に広がるすべての景色はどれも調和が取れていて、綺麗だ。
どんなに言葉で届かなくても、少しでもその素晴らしさを追いかけたい。
口に出さなくとも、いつもそんなことを思いながら、この目に映る映像を慈しんでいる。
そんな私にとって、この世界の風景は絶品だ。陽が鮮やかで、夜が深くて、水が澄んでいて、空が高い。
初めて目にする光景に感動するということもあるが、生気溢れる自然や手の込んだ建造物を前にするたび、つい引き寄せられるように見入ってしまう。
涼月(りょうげつ)~光の裏側~
ある日、屋敷のすぐ近くの森を歩いていたら、しゃがみ込んで木の根元をじっと見つめている執事がいた。ラトだ。
私の足はピタリと止まった。他の執事達から、ラトには気をつけるように、と言われていたからだ。何をしでかすかわからない執事だという。一人だけで彼と会うのは控えた方がいいのかもしれない。
ラトは時々感嘆を上げながら、何かに見入っている。嬉しそうに、時折微笑みを浮かべながら。
私はそんなラトの様子に興味を持った。何かに夢中になる人に、私は引きつけられてしまう性分なのだろう。
すっかり他の執事から言われていたことを忘れて、私はラトの方に歩み寄った。
「主様」
ラトは、私が全然近づかないうちから、私の存在に気づいてこちらを見た。
「主様がいらっしゃることは、わかっていましたよ」
ラトの、勘、だろうか? ということは、仮に私があの時引き返していたとしても、ラトには気づかれていたのか。逃げても無駄だったということ。
「何を見ていたの?」
私はラトの隣に行き着くと、彼が眺めていたものを覗き込んだ。
「アリさんです」
「アリさん」
ラトの傍に屈み、地面を覗いてみると、死んでひっくり返った昆虫の周りにたくさんのアリが群がっていた。
「この虫も、生きているうちは大空を我が物顔で飛び回っていたでしょうに、壊れてしまった今では、食い尽くされてアリさんの命となるのです」
ラトは何が嬉しいのか、底から沸々と湧き上がるような邪悪な笑みを浮かべた。
なるほど、確かにラトは変わってる。他の執事達が警戒するのもよくわかる。でも私は、ラトの興味の先にあるものをもっと知りたいと思い、その残虐なシーンを見つめた。
弱肉強食の世界。食物ピラミッド。命の量産と大量破壊。
私は心が傾いていかないように、無の思いでその光景を見ていた。機械のように。
「主様は不思議な人ですね。フルーレでさえ、私が見つめるものに興味を抱かないというのに」
そう言われてハッとした。ラトが私を興味深そうな顔で見つめている。やっと私は、自分の気持ちがくたびれてしまっていると気づいた。
「もう戻ろうかな」
ラトは、急に私が元気を無くしているのを怪訝そうな目で見ていた。
「そうですか。では、お気を付けて」
ラトはもうしばらく、あの場面を見ていたいのだろう。私はゆっくりと屋敷へと引き返した。
森は蒼々しく、生気に満ちていて、空気が整い、美しさに満ちている。
でも、美しい世界の裏に、こうした凄惨な世界が広がっている。
それも含めて、自然は調和を保っている。
盈月(えいげつ)~狂気と興味~
外の空気でも吸おうと入り口を出ると、声をかけてきたのはラトだった。
「主様、外へ行かれるのですか? お一人では危険です。私がお供いたしましょう」
胸に手を当て、礼儀正しい態度で言う。言葉遣いも所作も、とても綺麗だ。ただその目と雰囲気だけが、ゾッとする程深い闇を抱えていた。
私は一瞬、返答に迷った。ラトと二人きり、大丈夫だろうか?
だが迷ったのは束の間で、気づけば私はラトに同行をお願いしていた。
ラトと二人で庭を通り抜けていたら、水やりをしていたアモンに見つかり、ギョッとされた。
「えっ、ラトさんと二人だけで、どこ行くんすか!?」
私は妙な安心感で落ち着き払い、
「何かあったら声あげるから」
と笑顔で言った。言葉を失ったアモンの持つホースから、水がドバドバ溢れている。
「その時はアモンくん、よろしくお願いしますね」
ラトもまるで他人事のように、穏やかに笑って言う。
木々の葉をレースのカーテンのように透かす太陽の陽射しを浴びながら歩いていたら、突然ラトが言った。
「主様は、怖くないのですか?」
「ん?」
「こうして他に誰もいない場所で、私と二人きりで」
ラトは笑顔とも狂気ともつかない奇妙な表情で私を見ている。
「主様はあまりにも無防備過ぎます。私が今思い立てば、主様をバラバラにすることなど容易なことです」
「え……?」
「何の用心も無く、私のこんなすぐ傍に近づいて。人間は、信頼した時にこそ裏切る生き物なのですよ」
ラトが狂人めいた気を放った。その狙いは他でもない私に向けられているのだが、不思議と「逃げなきゃ」という気持ちにはならなかった。
その落ち着きは、一体どこから湧いてくるのだろう? 何故か「大丈夫だ」という根拠の無い勘と、「それでも別にいいや」という諦めを越えた先にある沈静が、自分の中に眠る深く暗い沼の中から湧き出ているみたいだった。
「ラトッ、勝手に出歩いたらダメだって!」
向こうから走ってきたのはフルーレだった。どうやらいなくなったラトを追いかけてきた様子だ。
「私一人ではありませんよ? 主様の付き添いです」
ラトがニコニコ返事をすると、フルーレはラトをグッと睨み付けた。
「それもダメだってミヤジ先生から言われてるでしょ? 主様と二人きりで外出するのは!」
するとラトは、はぁ、と溜め息をついた。
「主様、私は信用されていないようです。とても悲しいです」
「信用しろ、って言う方が無理があるでしょ? いつでも問題を起こして、あんなに暴れ回るんだから」
「じゃあ、フルーレも一緒に来てもらえる?」
私が言うと、フルーレは一瞬驚いたようだったが、「主様がそう言うなら……」と、渋々承諾してくれた。
「そうですね! フルーレも一緒にお散歩しましょう」
ラトは瞬時に上機嫌になった。ラトが笑うと、無垢な子どもを見てるみたいで、私は嬉しくなった。
「今回は主様の希望だから、特別なんだからね!」
歩きながらもラトを諭そうとするフルーレ。
「なんで他の皆さんは主様と一緒にお散歩に行けるのに、私はダメなんでしょう?」
「ラトは何しでかすかわからないからだよ」
「うーん、どうしたら認めてもらえるのでしょうか」
私にさっきみたいな事を言ったなんて知れたら、ラトはフルーレに軟禁状態にされるのかもな、なんて、結構あっけらかんと思っていた。
フルーレは、ラトが時折想像を絶する事を口走るたびにギョッとするけど、私がそんなに動じないことにほっとしている様子だった。そして次第に、ラトへ集中的に向けていた注意の意識を緩めていった。
やがて辿り着いた川辺で、私達は足を休めることにした。ラトはじっと木の幹や枝葉を見つめ、フルーレは岩に腰掛けて深呼吸していた。
私はぼんやりとせせらぎの流れるのを見ていた。天使や野生の生き物に遭遇するかもしれない危険や、傍にラトがいることも忘れて。
自然を見ていると落ち着く。確かにそこは、感情論では太刀打ち出来ない厳しく残酷な摂理が支配しているけれど、それでもなお、自然はものも言わず、ただただそこに在る。
「へー」
耳に飛び込んできた声で我に返ると、いつの間にかラトがすぐ隣にいた。ラトは私を見つめながら、何かに納得したように目を光らせる。
「どうしたの?」
「主様が私の好きな景色を見つめる時の目が、とても美しいです。風景に吸い込まれるように煌めくところも、時々闇のように無になるところも」
確かに私は無心というかぼうっとすることがあるけど、闇のように、だなんてラトに言われると、妙に不吉に聞こえてしまう。別に暗いことを考えている訳ではないつもりだが、ラトにはどんなふうに見えているのか。それともその奥に覗く何かを嗅ぎ取っているのか。
「そんなに身構えなくていいですよ。主様の一面をいろいろと知れて、私は嬉しいのです」
ラトはそう言って穏やかに微笑んだ。ついさきほど、「バラバラにすることなど容易」と言っていた人物と同一とは思えなかった。
ラトは意外とよく笑う。ラトといる時はついつい気を張り詰めてしまうことも多いけど、こうして彼の笑顔を見ると、ふっと場が緩む気がする。
満月(まんげつ)~発狂~
その月の満月の日は、近年稀に見る程酷かったそうだ。
ラトの話だ。ラトは毎月、満月の日になると発狂する。激しく暴れ回って制御がきかなくなるのだ。そして、誰もその理由を知らない。
いつもミヤジが身を挺してラトを落ち着かせていた。ラトのために、命の危険を感じる程であるという。でもミヤジは、強固な警戒心で誰にも心を開こうとしなかったラトにも真摯に向き合い、根気強く接し続けることで、ラトの信頼を勝ち取っていた。
ラトの凶暴さはミヤジの献身もあって徐々に落ち着いてきたとも聞いていたが、それだけに今回の発狂は、ミヤジをはじめ執事達が気を抜いていたところへの奇襲のようだったらしい。
その日私は、ラトのいる地下の部屋から最も遠い執事室、別邸に居た。私が荒々しい物音などで怖がらないようにという配慮と、念のため、ということで連れてこられたのだ。ハナマルは晩酌中なのを中断されて残念がっていたが、ユーハンもテディも普段とは異なる特異な夜ということで落ち着かない様子だった。
「ラトさんとミヤジさん、大丈夫でしょうか」
「我々に出来ることは何もありません。彼らを信じるしかありませんよ」
不安げなテディの言葉に、ユーハンも神妙な顔で答える。
「ハナマルさんはラトさんについて、何か知らないんですか?」
テディの問いかけに、ハナマルは「さぁな」と言った。
「ラトは昔からああだったからなぁ。誰もアイツがなんでああなのか、わからんのだよ」
「そうですか……」
重苦しい沈黙が漂う室内の空気を軽くしようとするのは、ハナマルだ。
「でもさ、お陰で主様と一緒に晩酌の時間を楽しめる訳だし」
「主様がいらっしゃったので、お酒はもうダメですよ」
テディに釘を刺され、ハナマルは落胆した。
「なんか、ごめんね」
私が謝ると、ユーハンが優しく声をかけてくれる。
「いいえ、主様のお陰でハナマルさんも休肝日を作れるんです。主様には感謝しかありませんよ」
「ユーハンちゃん、穏やかな顔して冷酷なこと言わないで」
そんな中でも、時折本館から、怖気立つような音が聞こえてくる。
「今夜はずっとこの調子でしょうね……」
「ここまで聞こえてきちゃうって、地下部屋の中はどんな状況なの?」
「うーん……」
私はラトのいる本館地下の方に意識を向けた。ラト、本当に大丈夫だろうか?
ラトが満月のたびに発狂するのを執事のみんなは恐れているみたいだけど、私は心配になる。
ラトがいつも心に爆弾を抱えていると思うと、私が苦しい。
その爆弾は、ラト自身が産み出したものなのだろうか? ラトにその爆弾を植え付けた何かが存在するのだとしたら? そうでなかったにしても、それをずっと身に張り付けているのは辛いに違いない……そう思うと、ラトをその爆弾ごと、抱き締めてあげたいと思ってしまう。
当然、私なんかがそこに飛び込んでいったって、ただの非力な者の思い上がりによる迷惑行為にしかならない。
私には、ミヤジがラトを落ち着かせるのを、指を咥えて見ていることしか出来ない。いや、見守ることさえも出来ないのだ。
それがものすごく悔しい。私がラトのために出来ることは、何も無いのだろうか?
澹月(たんげつ)~記憶の断片~
ラトも一応執事として、私の担当を任される。満月付近の日を外せば、普段定型的な仕事の無いラトは体が空いてることがほとんどだった。ただラトに頼む時は、少しでも危険を感じたらすぐにベルを鳴らすこと、という条件付きだった。
あの満月の日の五日後、私はラトに担当をお願いした。ラトの方からせがまれ、断り切れなかったのだ。
ラトは部屋に入ってくるなり、嬉しそうに声をかけてきた。どうやら私は、ラトに興味を持たれてしまったらしい。それは喜ばしいことだけど、何をしでかすかわからないと他の執事からも恐れられているラトから好かれるのは、果たしていいことなんだろうか。
部屋に二人きりになり、ほっと一息ついたところで、ラトは唐突に語り出した。
「私は昔、とある監獄に入れられていました。そこでは拷問以上に恐ろしいことが行われていました。私は天使を破壊するための兵器として、調教されていたのです」
ラトは淡々と、笑みさえ浮かべて言った。
私は絶句した。悪魔執事達が過酷な運命を背負ってきたのは知っていたが、実際にその中身に触れてしまうと、私の脳のキャパでは飲み込むまでに相当な時間を要してしまう。
急に打ち明けられた重たい話に、私はどう反応していいかわからない。そもそもなんでラトはあまり知りもしない私なんかに、そんな重大な話を聞かせてくれるのか。
「この前の満月の夜、何故か思い出してしまったのです」
ラトは青光りする目で私を見ていた。そんなラトの表情や様子から、彼はその記憶を打ち明けたかったのだと気づいた。ミヤジやフルーレには既に話しているかもしれない。でも彼らばかりでなく、知って欲しかったのだ。私に。
「記憶は断片的です。私もすべての記憶を思い出した訳ではありません。恐らく氷山の一角でしょう。ただ事実として、そういうことがあったという記憶が、五日前に激しく暴れた感情の奥底から浮かび上がってきたのです」
ラトは一つ一つ、思い出したという記憶の断片を語ってくれた。耳を塞ぎたくなるくらいおぞましい映像も、彼は薄ら笑いさえ浮かべて精緻に描写した。でも私は、ラトのことをもっと知りたい、わかってあげたい、という気持ちで、必死に彼の声を受け入れた。心の中はぐちゃぐちゃと、耐えきれない刺激で爛れていくようだった。
思い出した時に、ラトの心は揺さぶられなかったのだろうか? ラトの感情はそれを正面から受け止め切れたのだろうか? ……私なら無理だ。
でもラトは、落ち着いている。満月の日の彼を私は直接見ていないので、普段のとは言ったところで一部分なのかもしれないが、普段のラトと同じで、静かで、じりじりせず、ゆったりと大様に構えている。
「私達のお母様はとても優しい方でした。もちろん、実の母親ではありません。私のような身よりの無い子ども達を集めて、慈しみを持って育ててくれた方です」
ラトの目がやわらかく撓った。漆黒の闇の物語に、ほのかな光が差し込んでくる。
「私達は、お母様に会うことだけを希望に、その環境を耐え忍んでいました。それだけ絶大な存在でした。それからどうなったのかは、思い出せませんが」
ラトはどこか遠くを見上げるようにしていたが、やがて私に焦点を戻すと、問いかけた。
「主様にも、お母様はいらっしゃいましたか?」
「うん、いるよ」
するとラトは優しい微笑を湛えた。
「主様のお母様は、こんなに素敵な主様のこと、さぞ大切に育ててきたのでしょう?」
私はドキリとするが、思わず、
「そうだね」
と口走ってしまう。
笑顔でどれだけ隠せたかわからない。ラトはにっこり笑い、
「そうですか」
と言った。
斜月(しゃげつ)~本物の愛情~
産みの親だって、我が子を愛するとは限らない。それは巷で流れる数多くの悲惨な事件に限らず、一見普通の家庭にもあり得ることだ。
職場に採用された時、驚いたことがある。
子持ちの女性職員が、机の上に子どもの写真を貼っていたこと。
たったそれだけのことだったけど、私にとってはそれが奇妙なまでに不可解な現象だった。
普通の家庭では、こうやって親が子を愛するってことが、ちゃんと実在するのか。それはドラマや映画の中の話ではなく、こうして身の回りにいる多くの人にとっては事実なのか。
電撃を受けるくらいにショックだったけど、無論そんなことを口に出来る訳もなく、さりげなく聞いてみる。するとそのママさんは、嬉しそうにお子さんの名前を教えてくれたり話をしてくれたりして、それが見せかけではなく本物の愛情なのだ、ということに再び衝撃を受けたのだ。
親というものが子に持つ愛情といったものが、私にはわからなかった。
子どもを罵り否定し、好きなものや望むものを罵倒し奪い、完璧を強いる割には努力や成果を認めてくれることは一切なく、自分の思い通りにならないと手をあげ、人ではなく奴隷のように扱うものだと思っていた。
「お母さんの言うことだけが世界で一番正しいんだから、黙って言うことを聞きなさい!」
そんな親から、私は悪口ばかり言われてきた。何を言ってもネガティブで返され、反論しようものなら何倍、何百倍もの悪態となって返ってきた。私は家にいる時、常に自分だけがこの世の中でただ一人の悪者だと感じていた。家族というものは、私という命に対して微笑みかけてくれる場所ではなかった。
職場で開催されたセミナーで、大切にしたい価値観として「家族」というキーワードは誰しもがトップに上げていたし、好きな時間や癒しの時間には必ず「家族」が登場していた。ワークライフバランスを考えるセミナーだったからそれが〝正解〟だったのかもしれないが、それを差し引いたとしても、「家族」というものの重要度はあまりにも高く持ち上げられ絶賛されていた。
家族だから愛するのは当然、みたいな、
それが普通でしょ? みたいな、
私には、そういう感覚がわからない。
傷つけるということ以外の親子関係というものが、よく理解出来ない。
水月(すいげつ)~幻想~
どんなに欲するものでも、決して得られないものがある。それは仕方のないことだ。
子どもはたくさんのものを欲しがる。〝愛情〟はその最たるものではないだろうか。
もしそれを得ることが出来なくとも、どうすることが出来よう?
どんなに喚き泣き散らし暴れて受け入れて欲しいと訴えても、与えられることは無い。どんなに嫌だと叫び自分は一個の意思を持つ存在だと主張し素直な気持ちを言葉で伝えても、理解されることは無い。それ以上、非力な子どもに何が出来よう?
境遇や親を恨んだところで、何も変わりはしない。他人を羨み妬んだところで、それが手に入る訳じゃない。恨もうが恨むまいが、ただ与えられ続けた無数の傷と毒がずっと残っているだけ。
私は酷い虐待を受けた訳ではない。曲がりなりにも食事を与えられ、住む場所を追い出されず、ひとまず育ててもらった。否定されても怒られても、それは命を持続させてもらっている対価みたいなもので、受忍すべきもの。脆弱な子どもに何も要求する権利など無い。親が憤ればいくらでも子どもをねじ伏せることなど簡単なのだから。
たぶん、コレが普通だ。他の親だってきっと一緒。これが親が子に与える〝愛情〟というもの――。
ずっとそう思ってた。
存在を認めてくれたり、尊重してくれたり、大切に想ってくれたり、笑い合ったり時に褒めてくれたり――そういった親の愛情というものは幻想で、実在しないと思ってた。
表面だけの愛情でも、実の親に育ててもらったことに変わりはない。どんなに酷い仕打ちを受けても、きっと、幸せなこと……。
ラトの受けた苦しみと比べるまでもない。
ラトはそもそも、生みの親からの愛情が欠落したところから育った。育ててくれた人というのが、自分と血の繋がらない存在ということの寂しさ、虚しさというのは、いかばかりだろう?
私が受けてきた心の傷なんて、大したことは無い。世の中にはもっとたくさん、悲惨な家族が存在する。
私は笑ってなきゃいけない。ラトよりもずっと――。
彎月(わんげつ)~本能~
ラトに声をかけてしまうのは、彼が持ってる何かに、私の何かが共鳴しているからなのかもしれない。
ラトは喜んで随伴を引き受けた。彼は私に、自分がよく遊びに来ている場所を見せたいと、森の奥へと進んでいった。
「いつもここで、狩りをしているのです」
「へぇー」
「野ウサギやキジ、シカを狩ることもありますよ」
動き回ってる動物を仕留めることをあまり想像したくないタチではあるが、焼き肉が好きである以上、そんな事も言ってられない。
その時、目の前に現れたのはイノシシの親子だった。野生のイノシシを見るのは初めてだった。
「ウリボウですね」
ラトが嬉しそうに冷笑うと、異様な危険を察知した親らしきイノシシは、生物の本能のままにラトに敵意を向けた。
「いいですね。いい気迫です。ゾクゾクします」
ラトはもはや、食糧として目の前の動物を狩ることしか考えられないようだった。親イノシシもかなり興奮した様子だったが、ラトの発する殺気に立ち向かうことを躊躇しているようだ。必死にこちらを威嚇しているが、後ろ足が震えているようにも見える。それでも意を決して、親イノシシは突っ込んできた。
「おっと、そんなに食卓に並びたいのですか?」
ラトの短剣と牙がかち合う。ラトは、もうその生き物の命を絶やすことしか頭に無いのだろうか?
イノシシは、ただラトに頭から突っ込んでいくという一択のみだった。何度躱されても、他の動きなど知りもしないかのように、何度も何度もラトを振り払おうとする。それでもラトには一撃も掠らなかった。
ラトはどちらかというと、いたぶっているようだった。イノシシがしきりに攻撃するたびに、黒い体のあちこちに傷が出来た。それでもイノシシは怯むことなくひたすらにラトに突撃する。きっとラトが本気を出せば、あっという間に終わる〝狩り〟なのだろう。
「ラト!」
私は、見ていられなかった。ラトが生き物をああして痛め付けていることはもちろん、やられる危険を承知の上で諦めずに向かっていくイノシシの様子も。
「ラト! ラト!!」
私は何度もラトを呼んだ。イノシシとラトの向こう側に、震えて縮こまっているウリボウがいた。
「ラト!!!」
何度目かの呼びかけで、やっとラトは振り向いた。
「どうしました?」
執拗な嬲りから解き放たれたイノシシは、大きな体をずしりと地面に埋めた。すぐさまウリボウが親にすがりついた。
「ちょっと、疲れちゃった。屋敷まで送ってもらえる?」
するとラトは素直な子どものように武器を収めた。
「主様がそうおっしゃるなら、仕方ありません」
ウリボウが、震えながら小さな目でこちらを必死に睨み付けている。親イノシシにはいくつも傷を負わせてしまったけど、命は大丈夫だろう。
ラトに付き添われて歩きながら、私の頭の中には、ずっと先ほどの光景が焼き付いて離れない。親イノシシの血気と、ウリボウの視線。
動物でさえ、命を賭けて我が子を守る。それが、親の本能。
烟月(えんげつ)~歪んだ愛~
初めて親に、「学校でいじめられてる」と打ち明けた時。
緊張したし、言うべきか迷いもした。親の面目を潰すような事だろうから、申し訳無いという気持ちがあった一方、私にとっては一大事だったから、親にも知って欲しいという生真面目な思いもあった。不安で仕方ない心細さと辛さの逃げ場所として、唯一の味方になってくれるのではないかというかすかな期待もあった。
親の返事は、ああそう、だった。他にもう一言くらいあったけもしれないけど、それきりだった。
興味が無いものに対する反応だった。どうぞご勝手に、といった返事だった。
それ以来、その悩みを他の誰に打ち明けることが出来ただろうか。身内に相談するという切り札を失ってしまった後に。
その後一切、親の前でその話はしなかった。
学校でも家でも独りぼっちで、私は毎晩泣いていた。横になっても眠れなくて、ベッドの枕元の所にティッシュのゴミが堆く積み上げられた。とにかく涙が止まらなくて、擤んでも擤んでも鼻水が溢れてきて、何枚のティッシュを使っても胸の痛みは尽きなかった。
そんなある日、親に言われた。
「泣くな! ティッシュが勿体ない!」
親は、私がいじめられて泣いているということを知っていたはずだ。それでも寄り添う言葉など無く、むしろ娘の涙に苛立ちを感じていた。
私の苦しみなどよりも、ティッシュ1枚にかかるお金の方が大事――。
その日以降、私は涙で氷の海のように冷たくなった布団に沈み込むようにして夜を過ごした。
それからしばらくして、いじめも、親からの言葉にも耐えきれなかった私は、受験というプレッシャーも相まって、自らを痛めつけることでしかストレスを発散出来なくなっていた。数え切れないくらい自傷して血だらけになっていた手を見た親が放った言葉。
「そんなことしてたら、将来手が醜くなるんだからね!」
今すぐにでもこの命を叩き伏せたい、と希う切羽詰まった衝動など見世物だと小馬鹿にして、どうせのほほんと図太く生き抜くんだろ、そんな時に後悔するんだからね、という悠長で嘲笑的な怒り。
死ぬ気も無い癖に愚かな事やって、という見下し。ホント馬鹿な子、という軽蔑の目。
我が子が身も心も傷ついていても、親は鼻で笑って突き放すのか。心配するということは無いのか。その傷の多くを自分が与えているという自覚も無く。刹那的な不安定さでこの直後に娘がいなくなったとしても、親はどうでもいいのか。……そう思った。
私のツラさを、命を切り崩す程のツラさを、
認めてくれるものなど何も無かった――。
皓月(こうげつ)~幸せそうな家族~
私は、ラトとフルーレと一緒に街に出かけていた。フルーレの衣装作りのための材料を買いに来たわけだが、見回っているうち、彼はいつもと違うお店が気になったようだ。入ってみたいが、人見知りのフルーレは初対面の店員に声をかけられたらどうしようと迷っているようだった。そんなフルーレの様子を、ラトはしっかりと見ていた。
「フルーレ、可愛い弟のために、私がついていってあげましょうか?」
「勝手に兄ぶらないでよね! 俺はもうそんな年でも無いんだし」
「では、たった一人でお店に入ります?」
「それは……」
ラトはいつも、フルーレを弟扱いする。フルーレは鬱陶しそうにしているが、私にはそんな二人のやりとりが微笑ましい。
「ラトはフルーレと仲がいいよね」
「ええ。私にとってはフルーレもミヤジ先生も、家族ですから」
ラトが屈託なく笑う。私の心臓はギシリと軋む。
いいな、と出かかった言葉を、何事も無かったようにして飲み込む。
その時、向こうから三人組の家族が歩いてきた。何も特別なことはない、よく見る光景だ。
三人は、五歳くらいの娘を中央にしっかりと手を繋いで、ゆっくりと歩いてくる。
パパとママの、娘を見つめる優しい顔。真ん中の女の子がしきりに両親に語りかけている。女の子の笑顔がはち切れそうなくらい眩しくて、可愛い。
その子と目が合った瞬間、私の中に電気が走った。同時に、心の中が真空になった。
親に愛情を求めようとするのは傲慢。家族の中にそんなものは存在しない。子供は生まれた時から親の奴隷でありマリオネット。否定される悲しみも受け入れてもらえない寂しさも、感じる私の方が間違ってるんだ。
だって、そう思わないとやっていけないじゃない?
……でも、他の家族はあんなに仲良さそうに笑ってて、まるで本物の安心感と愛の光に包まれた安らぎの場所に居るみたいで――。
それは世間体を取り繕うための、外面じゃないの? すべての家族が美しさを着飾っただけのまやかしなんじゃないの? 上辺だけ綺麗に見せかけることで、表面に煌びやかな幻影を映し出す空疎なシャボン玉みたいに、地球は上手に回っているのではないの?
女の子は、幸せそうに微笑みを投げかけてきた。
私が我慢してきたものも諦めてきたものも押し殺してきたものも言い聞かせてきたものも、本当は、違っていたの――?
欠月(けつげつ)~噴出~
屋敷に帰ると、私は枕を片手に廊下を抜けて誰もいないダンスホールに飛び込み、中から鍵をかけた。手探りで一番奥の壁の前に辿り着くとしゃがみ込み、真っ暗闇の中、枕を口に押し当て、思い切り叫んだ。
「うわああああああああああああああ!!!」
枕が私の無様な嗚咽を吸い取り、漏れた呻きは部屋の中に亡霊のように漂った。奇怪なサウンドにホール中が聞き耳を立てて身構えているが、防音の効いた部屋の外には音が漏れる気配は無かった。
私は自分の言葉を文字に表現出来ないくらい、デタラメに泣き叫んだ。とにかく声を吐き出して、何もかも忘れたかった。物心ついた時からの記憶をすべて消し去りたかった。そのまま意識も無くなって、気づいた時にはもう全部消滅していて欲しかった。喉が切れそうなくらい痛い。もう声帯だとか、すべて引きちぎれてしまえばいい。
私の頭には、これまで抑え込んできた親や家族像に対するあらゆる場面が嵐のように行き交った。親から言われてきた数々の言葉はもちろん、世間の枠組みで〝当然〟だとされる行為を、周囲の人達が私の家族にも当てはめようとすること、親のことを良く言えない私に、周りの人達が〝人間が出来て無い〟というレッテルを貼って見下そうとすること。膨大な数の出来事が、巨大な感情のうねりを伴って次々に襲ってきた。
私が手にすることの出来なかったものを当然のように持ち合わせてきたことを、「当たり前だ」と言わないで。欠けた場所でいびつに育ってきた私を、奇妙なものでも見るまなざしで見つめないで。〝普通〟のフリを装って必死に隠してきた私の気持ちを知らない癖に、一般的な〝感謝〟や〝尊敬〟を押しつけようとしないで。
私だって、親から愛され、愛したかった――。
そのために大人になってからも、出来る限りのことは尽くしたんだ。勇気を出して愛情を差し出しても、ドブに吸い込まれるようなものだった。
あの家族はあんなにも幸せそうなのに、どうして私の家族は最初からおかしかったんだろう? どうして私はあんなにも親から悪口を言われ続けなければならなかったんだろう?
私は泣いて泣いて泣いて泣いて、泣き叫んだ。ワガママな子どもみたいにとち狂って泣いた。
それでも一向に涙が止まらなかった。
霽月(せいげつ)~涙の後~
熱い涙が次から次へと溢れ出る。声にならない声が、怨嗟とも、悲嘆ともつかない音色となって伸びて、闇の中に消えてゆく。冷たい枕が、あの頃の夜の記憶を呼び起こす。
喉がガラガラで、もはや声のような声も出ない。泣き声か、吐息か、呼吸か、嗚咽か、よくわからない震えを枕にぶつけていた。一度息を切り、支えながらも長い時間をかけて大きく吸い込む。そして、もう声を潰すつもりで、血を吐き出すみたいに力を込めた。
その時、パッと部屋の明かりがついた。
「主様」
ぼんやりと顔を上げた私は、ほとんど気力を失って呆然としていた。入り口に立つ人物がラトで、自分がラトを見つめている、という状況を頭が理解するまでに、恐ろしいくらい長い時間が必要だった。
「こんな場所で明かりもつけないでお一人で、どうして泣いてらっしゃるのですか?」
ラトがそう言って歩いてきてくれるまで、私は自分がどうしてそこに居たのか忘れてしまっているくらいだった。全身に全く力が入らなくて、ひどく疲れていたんだ、ということをおぼろげに自覚した。
「せっかくのお顔が台無しです」
私の正面で膝をつくと、ラトはハンカチで私の涙を拭いてくれた。なんでここに? と思ったら、ラトは心の声を読んでいるかのように答えた。
「どんなに微かな音でも、私の耳には届くのですよ。特に、主様の声はね」
ラトは、いつもの狂人ぶりからは想像も出来ないくらい優しく丁寧に私の顔にハンカチを当てると、少し不安げな表情で私の瞳を覗き込んだ。いつ発狂するかもわからない狂気じみた執事がすぐ傍に居ても、泣きはらして空っぽになった私には、怖くもなんともなかった。
「主様を傷つけるものは、この私がメチャメチャに破壊して差し上げます」
ラトの目が、邪悪な光を放った。世の明るい場所では、精神異常と捉えられてしまう程に常軌を逸するような雰囲気と言動。
でも私にとって、いろんな場所で否定され排除されてきた私にとって、ラトの危険なまでの盲目さには安心して身を浸すことが出来た。真っ暗な闇の中にも居場所をこじ開けて、キバを剥き出しにしながら徹底的にそこを守り続ける。命からがらの生存本能そのままに。
そんなものよりも、もっと怖いものが世の中にはたくさんある。
「教えてください。何が主様を、こんなに苦しめているのです?」
私は何に苦しんでいるのだろう――? ラトに聞かれても、答えが出てこなかった。頭が空っぽで思考が働いていなかったのかもしれないし、疲れ果てて返事をすることさえ億劫だったのかもしれない。
「主様」
ラトはそう呟くと、虚ろな私の頭を片手で支え込み、額同士をくっつけた。鼻の先がくっつきそうなくらいにラトの顔が正面にある。
初めてラトの目を間近に見た。遠くから見る彼の瞳は、いつだって不安定に揺れ動いていて、危うげで猟奇的で、一触即発で炸裂しそうなサファイアのようだったけど、そのもっと奥、中心のところはとても純粋で、穢れが無くて、美しくて、それ故にすぐにでも割れてしまいそうな、繊細なガラス細工のようだった。
踏月(とうげつ)~月影を踏みながら~
どれくらいの時間そうしていたのか、また、ラトが私にどんな言葉をかけ、もしくは無言で、そして私に何をしてくれていたのか、記憶がぼんやりと霞んで、気がついた時には消えてしまっていた。
でも、私を探してくれていた他の執事達がホールに入ってきた時、すっかり私は安心感に満たされ、落ち着いていた。
「主様! 探しましたっ!」
ハウレスに続き、ラムリとフルーレが駆け寄ってきた。私の顔を見るや否や、ラムリは声をあげた。
「ちょっとラトっち、主様を泣かせたの?」
「人聞きが悪いですね。私は主様を見つけ出したんですよ? 私がここに来た時、主様は既に泣いてらっしゃいました。可哀想に……」
ラトとの間に割って入ったハウレスが、私の様子を気にしてくれる。ラトの振る舞いを気にしてのことだろう。
「主様、大丈夫ですか?」
「ラトがなんか失礼なこと、してませんよね?」
フルーレが苛立つような口調で言う。私は力強く頷いた。
――ラトが、助けてくれた。
そう、唇を動かしたけど、嗄れてしまった声は音にならなかった。
私が悪かったのかな? 私に可愛げが無いから、愛情を注がれなかったのかな?
明るい世界に、私の居場所は無い――?
ハウレスとラムリに手を貸してもらって歩き出した時、前方を歩いていたラトが振り返り私を見た。
「主様。もうこれからは、一人で泣いたりしないでくださいね。私には、隠せませんから」
ラトはニッコリと、子どものように無邪気に微笑んだ。
どんなに叫びたくても、泣くことは一人でするものだった。
声を殺して、親を苛立たせないように縮こまり、孤独をますます増幅させながら……。
自分の苦しみを誰かが案じてくれる。それはとても、新鮮で不思議な感覚。
今は私の涙に、ハンカチを当ててくれる人がいる。
私は、一人ではただのボロボロな心を引きずる醜いドブネズミかもしれない。愛される価値も生きてゆく価値も無い……。
でも二人なら――。
光から遠ざかって、闇の中で身を合わせ、呼吸する空間が生まれるかもしれない。
世界でたった一人だけでも、自分のことを見つめてくれる人がいるなら、生きてゆくための居場所を地球の裏側に刻むことも許されるはず。
明るい世界では生きていけない、壊れた者同士――。
ラト編 終わり
ラトについて(桃花的感想)
あとがき
ドキキュンノベルシリーズのはずが、ラブシーンが無いどころか、最後あまり救われなかった。ラトくんの歪みの無いピュアな愛情、って想像がつかないんだけど、彼も恋をすることはあるのかな? パセリ以外に。(恋愛ノベルゲームという設定を壊しに行った。そしてあまりラトくんルート見ないで喋ってる。申し訳;)
まぁラトくんのキャラをあまり崩さず、マンネリ化も防ぐという言い訳を添え置いて、今回は締めることにしよう。色んなストーリーを書きたいと思ってるので、大目に見てね。
ラトくんについて
知り始め当時は候補(←言葉がエグい)から対照的なとこにいるなー、という感じで見てたけど、自分の内面分析するに、実はたぶんそんなに遠くないとこに居たわ。(もちろん私の経験なんてラトくんと比べたら生ぬる過ぎるが。)
狂気的なキャラの根幹を担う部分って絶対にストーリーにするの難しいいい! って思いながらエピソード3読んだけど、なんかラトくん、実は戦闘も精神もすごく強かったよね? もちろん手助け借りるようには描かれてるけど、なんか1人で○○からの△△を相当乗り越えてたよね?(そう見えた) って思って何故か安心(?)した。たぶんいい子。 ※伏せ字部分はエピソード3で判明します。文字数は適当。
親について
ひとまず今は、ああいう親の元に生まれて良かったんだな、(というか仕方ない、)と思えてます。親を否定するつもりで書いたものでもありません。ただこれまでは必死に自分の中に抑え込もうとしていたけど、それだとしんどかった頃の私はずっと苦しいままだな、と思って、解放のつもりで書きました。他人とか周りのために無理して自分の感情を押し殺すのではなく、自分のために吐き出して認めてあげることって大事だよね。寛大な気持ちで見ていただけるとありがたいです。
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