【あくねこ】恋愛短編小説(二次創作)その④ルカス編 スマホノベルゲーム「悪魔執事と黒い猫」

アイキャッチ(あくねこ)ノベル【ルカス】 あくねこ
筆者
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執筆大好き桃花です。

恋愛ノベルゲーム「悪魔執事と黒い猫(あくねこ)」の二次創作で短編小説を書いてみました。

ドキドキ・キュンキュンしていただけたら嬉しいです!

【注意事項】

下記作品は、恋愛ノベルゲーム「悪魔執事と黒い猫(あくねこ)」を題材に、私が書いた二次創作の短編恋愛小説です。

可能な限り元ネタの設定・構成・性格等を崩さないよう配慮しておりますが、私自身まだ元ネタのストーリーを完全に読み切れていないこと、元ネタのストーリー自体も途中であること、等の事情もあり、矛盾むじゅん乖離かいりが生じる可能性もございます。

また、個人で作成した作品ですので、今後の本家様のストーリー展開には一切影響いたしません。

あくまで素人の二次創作であることをご理解いただいた上で、お気軽にお楽しみください。

(対象年齢:センシティブな内容を扱っておりますので、R15(15歳以上)とさせていただきます。ドキドキしたい女性向け。)

※本作品は「その①ハウレス編」「その②ボスキ編」「その③アモン編」の続きのストーリーとなっております。その①②③を読まずに本作だけでも充分お楽しみいただけるかと思いますが、気になる方はその①②③もお読みいただけると嬉しいです。

※短編とは言え15,000字以上ありますので、目次をしおり代わりに利用してくださいね。

ルカス
画像は公式HPより借用

前職は医者でとても頭がいい。

現実主義で交渉ごとも得意だが、フワフワしていてずぼらな一面もある。

仕事の担当は屋敷の医療係、交渉係。

趣味は薬の調合と人の弱みを見つけること。苦手なことは運動など汗をかくこと。

ストーリー概要

優しさの向こう側に思惑を秘めていそうなルカスをなかなか信じられない主に、ルカスはなんとか近づこうとするが……。

その④ ルカス 『惚れ薬』

引き金

香りが記憶を瞬時に思い起こさせるみたいに、強烈に記憶を呼び覚ます物事というものがある。それらは一見何の関連性を持っていなくとも、まるで引き金のように、忘れていたはずの記憶をまざまざとよみがえらせる。時にかぐわしく、時にほろ苦い記憶を。

私にとっては、「医者」という言葉がそれだった。

その単語に触れると、思考で反応するよりもずっと早く、心が強張る。心臓がきしんだ不協和音をかなで、胸が締め付けられる。き上がってくる記憶に気づかないふりをして、私は目をらす。

目の前に立つ温和そうな執事を「医者」と紹介されて私の心がうずいたのを、たぶん誰も気づいていない。彼はやわらかい雰囲気をまとって微笑ほほえむ。強張ってゆく心の動きをさとられまいと、私は戸惑いの仕種の中に上手うまく隠し込む。

(そりゃそうだよね。みんな怪我けがしたりするんだもの、お医者さんが必要だよね)

なかば自分に言い聞かせるようにして、私は思った。

「主様、どうぞこれから、よろしくお願いいたしますね」

ルカスにすっと涼しい目を向けられた時にはもう、無意識に抵抗感みたいなものを感じていた。私は反射的に微笑みを浮かべた。

ルカスは屋敷の医療係として、執事達の怪我の手当を始め、健康管理やメンタルケアも行っていた。彼の処置はいつも、的確な判断の連続で遂行すいこうされる、一切の無駄の無い、迅速で効率的で最適な治療だった。

そして、膨大ぼうだいな知識の蓄積ちくせきもってして編み出される人心掌握術じんしんしょうあくじゅつを武器に、屋敷の交渉係という重要な役目もになっていた。人の心の動きを瞬時に読み解き、計算され尽くした完璧な言動でこちらの要望を通すのはお手の物だ。などと言うと、まるで冷徹れいてつなマシーンのような印象をいだかれるかもしれないが、ルカス自身はとても穏やかで優しい執事だった。

そして、本心なのかと疑ってしまうくらいに歯の浮くセリフを易々やすやすと言えてしまうのも、ルカスだ。だいぶ慣れてはきたが、何度彼の飄々ひょうひょうとした態度に面食らったことか。

「あんな貴族の女性よりも、主様の方が何倍、何十倍もお綺麗ですよ♪ 外見ばかりでなく、心までもがんでいてお美しい」

あれほど恥ずかしいセリフを世間話と同等の口調でつぶやいては、にっこりと優しく微笑んで、その後は恥じらいも見せずに淡々と執事の仕事を続ける。冗談好きの彼のちょっとしたお遊びみたいなものなのかな、と最近では思っている。

ルカスと居るのは心地よい。彼の柔和にゅうわで落ち着いた態度は、そばにいる者を安心させる。彼はずば抜けて頭がいいから、いろんな知識を持っていて喋って楽しいし、そのくせ架空の物語にも興味があったり抜けている所があったりもするから、堅くならずに自然体で接することが出来て楽だ。

二人、笑っていられるうちは――。

惹き付ける力

屋敷の図書室には、大量の蔵書ぞうしょがある。初めてその存在を知った時、時間が許す限りここで過ごすのもいいな、と思った。でもなかなかその機会には恵まれない。

ある日、屋敷に来たはいいけどみんなバタバタしていて、部屋に通されただけの私はひまが出来てしまった。そこでふと思い立って、なかなか長居が出来ずにいた図書室を訪れることにしたのだ。

部屋に入った瞬間、あの独特の本のにおいに包まれた。誰もいないのに安心出来る、時間を忘れさせてくれる、不思議なにおい。

まず私は、どんな本があるのかぐるりと回ってみることにした。時折屋敷の中を探索する時、フェネスやボスキなどが読書をしていることがある。彼らは一体何の本を読んでいるのだろう? ミヤジがラトに読み聞かせるための本を探していることもある。きっと小説から歴史書から、ありとあらゆる本があるのだ。

私は背表紙のタイトルを読みながら、本の海の中をゆっくりと泳いでいった。手の届かないずっと高いところにも古い本や薄い冊子などがあって、どこに何があるのかを把握はあくすることさえ困難だと感じた。

『心と機能』

私の足は、その本の前で止まった。何の変哲へんてつも無いありがちなタイトルなのに、その背表紙を見た途端、心が無になるような感覚があったのだ。そして無意識に導かれるみたいに、私はすっと手を伸ばしていた。

「主様」

呼びかけられるまで、ルカスがすぐ近くに立っていることに全く気づかなかった。

「いかがなさいました?」

「ちょっと、気になる本があって」

ルカスは私の中指が向かおうとしていた先にある分厚い本を引き抜いた。

「ふむふむ、この本ですね」

ルカスはその本を既に読んでいるようだった。彼はうやうやしく「どうぞ」とその本を差し出した。

無意識にもその本に引かれていた自分が気恥ずかしかったのだが、手渡された以上そのまま戻す訳にもいかない。適当に中を開いてみた。だがその中身に、私は愕然がくぜんとした。

(これ、何語だろう……私が理解する前の段階か)

記述されている文字はたぶん、現実あっちの世界で言うところの、ラテン語みたいな感じだろう。最低限英語とかなら雰囲気くらい伝わるものかもしれないが、これではお手上げである。

「どうされました?」

「そもそもなんて書いてあるか読めそうにない」

ルカスはその言語の名称と、どの国のどの時代の言葉なのかを説明してくれたが、私の記憶にはまるで残りそうになかった。

「ルカスは読めるの?」

「はい。専門書を読むために、勉強して覚えました」

独学で自国以外の言語を習得するのは簡単な事では無い。しかも彼の場合、小学生くらいの時にそれをやってのけたのだ。自分と比べるのもおこがましいけど、やはり天才は違う。

「ところでルカスは、何か本を探しにきたの?」

「はい、そのつもりでしたが。室内に本よりもずっと勉強になる素晴らしい教本がいることに気づいて、お声がけしました♪」

私は苦笑した。嬉しい、すごく嬉しいんだけど、ルカスが言うと、どうも作為的さくいてきでわざとらしく聞こえる。そして、そのセリフに対する反応もよくわからなくなる。

「ふふ、主様のそういう反応がとても参考になるのですよ♪」

絶対にからかわれてるんだ、と気づいて少しへこむ瞬間。その細かな気配の違いにも、ルカスは気づくのだろうか。彼は続けて言った。

「私も人の心を研究する者として、主様の人をき付ける力には興味があってね」

ルカスは、瞳の向こう側に秘密を隠し込んだような目でこちらを見ていた。

いつもそう。ルカスの言動は、どこまでが本気で、どこまでが遊びなのかわからない。そもそも全部冗談なんじゃないかっていぶかってしまう。

――そんな力があるなら私が知りたいくらいだわ。

と、思いつつ、内心ものすごく嬉しくて、素直に照れてしまう。

私が生きている現実世界では、そんな嬉しいことを言ってくれる人がいないから。

私のことを、「大切だ」と言ってくれる人がいないから。

純粋な気持ちだけで私を褒めてくれる人がいないから。

恥ずかしさとか見栄みえとかのせいで、そんなことを目の前の相手に直接伝えるなんて、実生活ではほぼ皆無かいむだ。恥ずかしさを通り越して、もはや〝恥〟に近いような事柄である。日本では隠すことが美徳びとくとされ、言わないことにおもむきがあるとさえされる。

だから、慣れてない。それ以上に、信じられない気持ちの方が上回ってしまって、素直に受け取れない。

もし、人を惹き付ける力というものがあるとしたら、私というよりも、彼ら悪魔執事達が持ってるんじゃないかと思ってる。

こんなに人から嫌われて生きてきた私を、好きになってくれるだなんて。

専門家の判断

私の症状は、通常のうつと真逆だった。寝ても寝ても眠くて仕方なくて、気持ち悪くなるくらい食べても病的に食が止まらなかった。ストレスを発散するために散財さんざいするようになり、通常の私だったら考えられない程買い物をした。通勤時に嘔吐おうとしたり帰宅中や職場で急に倒れたりもした。何より、立ち上がるのもしんどいくらいに体が重くてならなかった。

とうとう我慢ならなくなって、私は紹介された医者に行った。医者は鬱の症状を判定するためのイラストを見せ、1つ1つ確認していった。「眠れますか?」「食欲はありますか?」等々。私はすべての質問に「はい」で答えた。そこで、彼の目の色が変わった。

医者は私がうそをついている、すなわち仮病けびょうだと言い張り、「頭がおかしい」ということを言った。そして、あの時の言葉を私は今でもハッキリと覚えている。

「あなたは、○○の高校生と一緒だ」

当時、人を殺して遺体をバラバラに解体したというショッキングな事件が世間をにぎわせていた。医者はその事件が起きた地名をあげ、私をその犯人と同じだ、と結論づけたのだ。

〝あなたは殺人犯だ〟――そういうことを、あの医者は言った。今考えれば、何の脈絡みゃくらくも無いあやまった論法だと言えるはずだ。でも、心のすり切れたギリギリの状態で一縷いちるの望みにすがろうとしていた私は、その言葉に心を打ちくだかれて、返す言葉を失ってしまった。そこから何十分と、説教のような時間が続いたが、何と怒られたのかも覚えていない。ただ、ボロボロになった心に追い打ちをかける言葉に叩きのめされていただけだ。医者は言うだけ言って、最後は病院から私を追い出した。

私はただの一般人であり、医者は専門家だ。医者の言うことが優先され、信用されるだろう。私が一言でもあの時の事を口にすれば、すぐさま殺人者扱いされて世間から袋叩きにい、手錠をかけられ生涯罵倒ばとうされ続けるような気がしてならなかった。反論するようなことを言ったとしても、私の頭がおかしいと言われて責めらるのだろう。だから怖くて誰にも喋れなかった。どこからかあの時の話がれはしないかと、常にビクビクして生きていた。

「医者」という言葉を聞くだけで、あの時のショックが蘇る。えぐれた心をさらに叩きつぶされる痛みと、恐怖、もはや誰にも頼れないという無力感と、感情のやり場の無さ……。

医者を、信頼なんて出来るだろうか。彼らはきっと、患者を救いたいとなんて思ってない。都合のいい人間だけ適当に扱って、気分次第で感情の食い物にする。

そうでなければ、心を扱う専門家である医者が、患者の心を破壊するようなことを言えるのだろうか。

もちろん、全員ではないかもしれない。

でも私は不幸にも、そういう医者にばかりめぐり会うことを繰り返して、もう、恐怖と不信感無しで医者を見ることが出来なくなってしまったのだ。

見えない壁

ルカスと接する機会が増えるごとに、彼のことを知るようになっていった。執事の怪我を治療したのもたくさん聞いているし、うまく交渉事を進めて約束を取り付けたのも何度も聞いた。そんな大事な任務をこなしながら、私に対しては疲れを見せることなく物腰やわらかに接してくれた。

ルカスと一緒に部屋にいた時、アモンが入ってきて、薬をもらっていったことがあった。アモンの傷のことを、ルカスは当然知っているようだった。

「自分で自分を傷つけることというのは、実に痛いはずです。心も、身体からだも――」

ルカスは私の目をじっと見つめて言った。

手の傷のこと、気づかれていないと思っていたけど、ルカスの目はザルじゃない。

「主様。私でよければ、いつでも、何でも相談してくださいね♪」

ルカスは本当に優しい。担当になるたびに、彼は繰り返しそう言ってくれた。

でもルカスの、思惑おもわくありげな素振そぶりや言葉を、私は未だ信じることが出来ない。どんなに私を大切に扱うようなセリフや態度であっても。

そしてその目に見えない空気の壁のようなものを、ルカスの方も恐らく気づいている。

落雷と停電

ショックを受ける時の感覚って、人それぞれ違うのだろうか。それとも同じなんだろうか。

胸に見えない刃物が突き刺さったような、あの耐えがたい痛みと、同時に世界を照らしているライトがプツンと途絶えるような、あの途方もない終焉感しゅうえんかん

あれを誰もが、感じているの?

感じながら、自分の感情をいつわって笑ったり、苦しみを説き伏せて押し込めたり、睡眠と食欲で記憶をどこかにほうむり去るすべを心得ていて、生きていけたりしてるの?

それとも1つ1つの出来事に、あまりにも私が深く傷つき過ぎるのだろうか? 他人の言葉に、理解出来ない言動に、ただのさ晴らしの嫌がらせに、その人なりの凶暴な性格に、イチイチ私がショックを受け、そのたびに世界が真っ暗になって、胸の傷跡をいくつも増やし、深く沈み過ぎているだけなんだろうか?

私にはわからない。まるで周りの人達には、そういうナイフが全部すり抜けているかのような、感覚のへだたりを感じている。

まるで私だけ、全く別の世界で生きているみたいな、〝離世感りせいかん〟を感じている。

拒絶の理由

その晩の私は気分が悪く、廊下を歩いている途中で倒れ込んでしまった。そばについていてくれたバスティンが急いでルカスを呼びに行くと、彼はあわてて飛んできてくれた。

私は彼らに運ばれてベッドに寝かされた。ルカスは慌ただしく動き回り、熱を測ったり氷枕を用意してくれたりしたが、原因が判然としないことに幾分いくぶん焦っているようだった。

「こちらのお薬はいかがですか?」

私はうつむいたまま、首を横に振って受け付けなかった。

「そうですか、無理にとは言いません」

ルカスは少しさびしそうに言った。

「何かお口に出来そうですか? 今晩は眠れそうでしょうか?」

朦朧もうろうとした頭で、すごく嫌な質問だ、と思った。嫌な記憶がよみがえる。

私のことを心配しての、なかば定型的な質問だ。ありがたいことだし、わかってる。けれど――。

「ルカス、あの、ごめん。……ヒトリにして」

破裂しそうになる感情を抑え込もうとして淡々とさせた口調が、かえって苛立いらだちをにじませる不満げな声色こわいろになってしまう。ルカスは真剣な表情で、脳を物凄ものすごいスピードで回転させて私を説得する言葉を組み立てていたようだった。

「……承知いたしました。何かあれば、遠慮せずにお呼びくださいね」

ルカスは随分ずいぶんを置いてから、私の望みを尊重する選択をしてくれた。

いつも通りの落ち着いた口調に聞こえるが、遠退とおのく素振りにはいささかためらいが混じっていて、彼の不安げな心の色を表している。

小さくなってゆく足音が、私の孤独の輪郭りんかくを強調していく。

本当はとてつもなく苦しくて、助けて欲しい、今一番不安定で危ない気持ちのはずなのに、傍にいてくれようとする人さえも突き放してしまう、そんな幼稚ようちあま邪鬼じゃくな自分に嫌気が差す。全く真逆な二つの感情に両腕をつかまれ、引きちぎられそうになる。耐えられないくらい痛いのに、私を強力にで引っ張るどちらの力も私自身が生み出したものだ。私が私を引きこうとする。そんな自分がにくくて仕方ない。

イライラして、苦しくて、寂しくて、叫びたくて。顔を両手でおおった途端、涙がボロボロとあふれた。

(本当は、傍にいて欲しかったのに……)

……怖かったのだ。自分の一番弱い部分をさらけ出して、ルカスに嫌われてしまうことが。

絶望の魔物

定期的にやってくる、絶望の発作ほっさ

月に二度。気分の波の一番落っこちたところにハマると、相当しんどい。

言葉に表現なんて出来ない。表現する必要は無いし、表現する意味も無い。

昔はしきりにそれと闘い、闇間やみまから明るみに引きずり出して、正体を突き止めようとしていた。毎度おそってくる魔物のようなそれを直視して、原因、きっかけ、対処法、解消方法までを、なんとかあぶり出そうと必死だった。そのために、感じることを全部言葉にして書きなぐっていた。紙に吐き出して、どういうことなのか、自分の心に何が起こっているのかを理解しようとしていた。

でも、ある時さとったんだ。コレを叩きのめすことは出来ない。私はこの魔物をはからずも自分の中に飼っていて、時折激しく暴れるけど、目をつむり身を伏して黙っていれば、いつか行き過ぎる台風みたいなものだと。

魔物がもたらす闇色の感情。時に荒々しく、時に投げやりな諦念ていねんで、時にやまぬ土砂降りのように、時に重苦しいベトベトとした粘度ねんどを帯びて。あらゆる性質タイプの暴れ方をするけれど、その中心にある言葉は、いつも1つだ。

すでに言い古された――。人生を見限った者が等しく口にする――。この世で最もまわしき言葉ものの1つの――。

調合薬

「こちらは、主様専用に調合したお薬です。主様のご気分がすぐれない時に飲んでいただきたいと思ってお持ちしました」

あの日以降、ルカスは毎日夜遅くまで忙しくしていたようだった。私の様子をいろいろ観察したことを踏まえ、あれやこれやと配合を繰り返し、きっと最適の薬を作ったのだろう。その気持ちは嬉しい。

でも、医者の扱う薬というものも、私は信じることが出来ない。

私は、その気持ちをなんて言葉にしたらいいか迷った。薬に頼りたくない。それは、医者というものを信じられないから。でもそれを言うことは、私はルカスを信用していないと伝えることになる。彼ならいろんな事情もんだ上でわかってくれるかもしれないが、それでもやはり、彼を傷つけたくはない。

「けど、私が今最も作りたいのは、誰か1人の心を射止いとめるれ薬かな?」

顔を上げると、ルカスは吸い込まれそうな程透明な目で私を見据みすえていた。

ドキリとした。

ハウレス、ボスキ、アモン。3人の執事との、あれやこれやのことをなぜか思い出して、同じわくにルカスを立たせようとしている自分に気づく。

――いや……!

私は脳内で思い切り頭を左右に振った。

ルカスだけは絶対にそんなふうにはならない。この余裕そうな笑み。きっと私をたぶらかして反応を楽しんでいるだけだ。

「主様はイチイチ、素敵な反応をなさいますね」

さらに追い打ちをかけるようにルカスは言った。私はただ、嬉しすぎて取り扱い方を知らない言葉に、勝手に照れて困惑しているだけだ。

「でも、お気をつけください。主様にはすきがありすぎる。

私は医者だよ。やろうと思えばいくらでも……」

ルカスは本気めかして言った。やろうと思えば、って、一体何を企んでいるのか。怖い。

「フフッ、冗談です。私は主様の心身の健康をサポートするため、全力を尽くしますよ」

そう言うとルカスは、白衣をひるがえしてドアへ向かった。

これは持ち帰ります。またつらくなった時は、遠慮えんりょせずに頼ってくださいね」

彼が行ってしまった後、すっと心が軽くなっているような気がした。一時は、医者や薬への抵抗感であれほどしずみかけたというのに。

『私が今最も作りたいのは、誰か1人の心を射止める惚れ薬かな?』

きっとルカスは私の心を読んで、気持ちをゆるませるためにあんなことを言ったのだ。

ルカスは私をおとしいれたり、弱い部分をねらって攻撃してくるような医者じゃない。

そう、私は信じたい。

調達

私はルカスとナックとともに、グロバナー家の会議に出席した帰りだった。どうもソワソワして落ち着きの無いナックに、ルカスはいつもの余裕ある口調で声をかけた。

「ナックくん。手持ちの仕事がたまっているんだね?」

ナックはハッと顔を上げた。

「では、先に馬を飛ばして帰るといい。私と主様は、ちょっと寄り道してから帰ることにするよ。薬の材料を注文していたのでね」

ナックの表情がパッと晴れたのを私は見逃さなかった。ナックは申し訳無さそうにしたり強がりを言ったりしてみせたが、ルカスに一押しされると、言われる通りに一人屋敷へと急いだ。

悠然ゆうぜんとナックを見送ったルカスは、私に向かって言う。

「では主様。ご一緒いただけますか?」

ルカスに連れていかれたのは、オシャレなカフェだった。てっきり薬局の倉庫みたいなお店へ行くものだとばかり思っていた私は、拍子ひょうし抜けした。

「主様はどちらを注文なさいます? このアップルパイなんてとっても美味しいですよ♪」

明らかにルカスはリラックスして楽しんでいる様子だ。これは、薬の材料を求めている時の雰囲気ふんいきではない。

注文したものが届くと、私はとりあえずのどかわきと空腹を満たすことにした。今日の会議は長引いたのだ。

「主様は、私のことをどうお思いですか?」

ルカスの不意の質問に、私はポカンとした。何か、深い目的のある問いなのだろうか。私の何かを測るための、裏のある質問なのだろうか。それとも……。

つい相手の言葉の奥を勘繰かんぐってしまう自分の悪いくせに気づき、私は思考をストップさせた。どうしても、ルカスの言動には何か策略さくりゃくがあるのではないかと疑ってしまう。彼らはただ私のためにいろいろとしてくれるのだから、私も少し心をほどかないと。

「とても優しくて、優秀ゆうしゅうで素敵なお医者様だと思うよ」

私は正直な気持ちを言った。ルカスはにっこりと微笑ほほえみながら、「それは光栄です」と喜んだ。

「では、そんな私がたくさんの人の心を傷つけてきた過去を、お聞きいただけますか?」

これまで表面同士で接してきた関係を確実に変えようとしている空気を感じ、私の心は身震みぶるいした。ルカスは自ら扉を押し開け、私を中にまねき入れようとしている――。

ルカスはいつもの冷静な口調ではあったが、少しおさえ気味の声で語り出した。彼は物心ものごころついた頃から知的探究心が物凄ものすごく、小学生になる頃には、学校の先生も話についていけなくなるくらいの知識を持っていたこと。でもそのせいで友達は誰一人おらず、先生からも敬遠けいえんされるような幼少時代を過ごしたこと。

「私は飛び級を繰り返し、10代にして医者になりました。そして数年も経つ頃には、その中でもリーダーに抜擢ばってきされるまでになった。

でも人との関わり方を覚えずに育った私は、人の心を傷つけないということの大切さを知らなかったのです」

ルカスはその時の出来事を、出来るだけ覚えているままに、見栄みえも体面も気にせずに再現してくれた。仲間の医師と仕事の処理速度に違いがありすぎて、フォローのつもりが相手を落ち込ませていたことに気づけなかったこと。ただ事実を述べることが、人の心を傷つけるということを知らなかったこと。そして結局、仲間の医師が全員、自分のもとを去っていったということ。

ルカスの口から語られる話を、私は他人事として聞くことが出来なかった。私も自分が孤立する苦しみを知っている。私はいじめられていたのだ。

ルカスは喉の所にめていた息を苦しそうに吐き出した。こんなに寂しそうなルカスの表情を初めて見た。

彼のかかえている心の傷を思うと、自分のことのように胸が苦しくなる。本当は壁の向こう側にいたのはこちらを虎視眈々こしたんたんと狙う敵ではなくて、同じような傷を持つ仲間だったのかもしれない。

「急に私個人の過去の話などをしてしまい申し訳ありませんでした。でも、主様には私のことを知っていただきたいと思いまして」

やっぱり、そう。ルカスは私が彼に対して抱いている不信感をぬぐおうとしてカフェここに来たのだ。

自分の傷をさらしてまで歩み寄ってくれようとしている熱意と勇気とに、私は親近感と感謝の念をいだいた。

「では、適当にお薬の材料を見に行くことにしますか」

あれ、それは方便ほうべんというヤツでは……。

「帰ったら当然、ナックくんに聞かれるだろうからね」

ルカスに手抜かりは無い。その後彼はちゃんと専門店に寄り、材料を適当に見繕みつくろってから屋敷へと向かった。

思惑の向こう側

私はルカスと接する時、いつも彼の言動の先に用意された目論もくろみをぎ分けようとしていた。彼の発する言葉、すべての動作の先には必ず思惑おもわくがある。そしてそのすべてが、相手を知り、相手の弱みをつかみ、心の動きさえもすべて熟知して、いざという時に自らの利益のために利用するというよこしまな目的のもとで行われている。

飄々ひょうひょうとした雰囲気や間抜けた様子はすべて演技で、相手を油断させるためのわな。甘いセリフや女性をとりこにするような優しさも罠。ルカスは態度や素振りのすべてを使って他人の心を掴み、まどわし、あやつる、策略家。

ずっとそう思って、決して弱みをにぎられまいとしてきた。要は、信用すまいと思っていた。

微細びさいなひび割れさえ見つければ、人の心を粉々にすることなどたやすいことだ。

でも、今日のルカスの思惑は、私の心をくだくことではなかった。

むしろ自らの傷をさらけ出してまでして、私の心をゆるめ、距離を縮めることだった。

「医者」という言葉だけでバリアを張っていた。ルカスを私は、誤解しているのかもしれない。

襲来と治療

スイッチが入ると、また来た、と、諦めと苛立いらだちの入り混じった気持ちで思う。いつもの魔物が襲ってきたのだ。

私は他の執事に迷惑をかける前に、素直にルカスを呼んだ。彼はいつも通りにっこりと穏やかな微笑ほほえみを浮かべ、担当を引き受けた。

私の落ち気味の視線やけだるい動作、何より会話が全くはかどらないことに、かんの良いルカスはもう察しがついているだろうと思った。そのことを、この晩は隠す気は無かったし、むしろルカスに観察して欲しいとさえ思っていた。

ルカスは決して私の気持ちを逆撫さかなでるようなことをしなかったし、持ってきているはずの薬をいることもしなかった。憂鬱ゆううつとららわれている私を強引に引き上げるようなこともしなかったし、否定することもしなかった。ただ彼は何も言わず、私のそばにいてくれた。

彼の、心の奥まで見透みすかしそうな琥珀色こはくいろの瞳に、つい自らの弱さをゆだねてしまいたくなる。

……私は、何かを期待しているのだろうか? 他の誰でもないルカスを呼んだのは、特別な意味があるのだろうか?

もう魔物を追いやるすべは諦めたはずだ。

私は一生この怪物を身の内にはらんで、ズタボロにされるまで共存していかなければならないのだ。

でも。

一人の時はあれだけ暴力的に暴れてくる魔物にも、今日はそんなにおびえていない自分に気づいた。あらがえない憂鬱に抑え付けられているというのに、ルカスがこうして傍にいてくれるだけで、いつもより安心出来る気がするのだ――。

「ルカス、ごめん、今日だけ……」

私はおもむろに立ち上がり、ルカスの胸の中に体を預けると、顔をうずめた。

突拍子とっぴょうしも無い行動にもルカスは慌てることなく、まるで決められた役を台本通りに演じる俳優みたいに、私の背中に腕を回した。優しく、ふわりと温かい空間に包み込まれる。

ルカスの胸の中は、ものすごく居心地が良かった。いつもなら胸をザクザクと噛み砕く魔物の歯噛はがみの音や、どこまでも足を引きずり落とそうと叫ぶ魔物の奇声が遠退とおのいていく気がした。自分一人で立ち向かい、闘おうとしていた、ピンと張り詰めたかたくなな心の隣に、心強い味方が現れたような安堵感あんどかんがあった。

身体中からだじゅうの力が抜けていくような気がした。彼はずっと傍にいてくれたのに、ずっと「頼って欲しい」と言ってくれていたのに、どうして私は一人だけで背負い込もうとしていたんだろう?

その時、全身を包み込む腕にギュッと力が入る気がした。いや、気のせいなんかではなく、確実に私を抱き締める両腕に力が込められていた。ルカス自身の意思で。

顔が彼の胸にグッと押しつけられて、苦しい程だった。息がしづらくて、おかしい、と思った時だった。

「ずっと、ずるいと思っていたよ」

ルカスの声が、頭上から降ってきた。

「彼らが、執事としての一線をえて、あなたとこんなことやあんなことをするなんてね」

全身がカッと熱くなった。でも、身動き出来ないくらいに、私はすくめられていた。

「突然あなたの方から抱きつかれて、この私なら平気でいられるとでも?」

真剣味と意地悪の入り交じった声。

「……ねえ私にも、分けてもらってもいいかな?」

そう言って二人の間に少しばかり空間を生み出したルカスは、そのまま静かに私に唇を重ねた。

ウソみたいだった。そんなことは無いと思っていた。

悠然ゆうぜんと落ち着いた様子、安定感のある大人の余裕、冷静沈着れいせいちんちゃくで知的な振る舞い、冗談のようにしか聞こえないセリフ。つい先ほどまでのルカスの様子がたくさん頭に浮かんだ。自分が今唇を合わせている相手が、あのルカスだとは信じられなかった。

足音が近づいてきたので誰かが入ってくることは前もって予測出来たが、ノックの時にはもう、私はすっかりルカスから引き離され、何事も無かったかのように座っていた。あまりに完璧で、呆気あっけない程に。ほんの数十秒前にはあんなことがあったとはとても思えないくらいに、ルカスの判断と動きは素早くて正確だった。

部屋に入ってきたのは、ハウレスだった。体調が思わしくないとのことで、急ぎはしないが、出来ればお手伝いの後にでもて欲しいとのこと。

ハウレスと喋るルカスの冷静な様子を見つめながら、さっきのことは全部冗談だったのかな、と思った。そして自分で思う以上に、心がシュンと沈んだ。

翌日から、奇妙な感覚になった。特段ルカスを意識しているという訳ではない。でも、本当に突然、ルカスの様子が無性に気になる瞬間があった。

あの夜の口づけの感覚が、時折ふっといた。ルカスの笑顔を見たり声を聞いたりすると、あの夜の時みたいに、全身が温かいものに包まれた。

でもその後、ルカスとの間には寂しくなるくらいに何事もなく、淡々たんたんとした日常は過ぎていった。時々担当としてルカスを呼んでも、その話題に触れられることは一切無かった。彼は以前のように、穏やかに微笑み、時に冗談を飛ばし、朝はあくびばかりして、変わらぬ口調で話しかけてきた。やっぱり夢か冗談だったのかな、と思わざるを得なかった。

ほろ酔いの眩惑

ルカスからメンタルに関わる豆知識を聞いた後、提案があった。

「よろしければ、メンタルに関するセルフケアの方法を、基礎からお教えましょうか?」

正直、怖い部分もあった。過去と向き合う時間や、自分の弱い部分を見つめる時間が必要なのだろうか? また、過去にこうむったいくつもの傷を掘り返し、あの魔物と対峙たいじすることになるのだろうか?

そしてそれを、ルカスと共にやるのだ。ルカスを前に、私は自分の過去を見つめ、自らのきたない部分を直視していけるのだろうか……。

でも、今の私はルカスのことを信用したいと思った。

「お願い」

「では、3日後の晩、3階の執事室にお越し下さい」

ドアをノックして入った時には、ルカスはワイングラスを片手に、すでに出来上がっていた。顔を赤らめ、上機嫌で、いつも以上に笑顔だった。

「ボトルを開けてしまったらついつい進んでしまってね。主様もいかがです?」

ルカスが喋るとプンとアルコールのにおいがただよった。

「あの……」

執事達のキャラのさはどれも一級品で、こんなことにイチイチ動揺どうようしていたら身が持たないことは百も承知しょうちではあるが、それでもなお、私は毎回困惑してしまう。

ルカスの、すこぶる頭がいいクセに、案外ずぼらで、適度にマイペースな所が私は嫌いではないが。

とりあえず気を取り直して私は言った。

「ううんと、メンタルケアについてお勉強させてもらいに来たのだけど……」

「ああ、そうでしたね」

ルカスから教えてもらったら何か変えられるかもしれない、と思い、覚悟を決め、勇気を出してのぞんだのに、これではただのグダグダした飲み会になってしまう。

ルカスは鼻歌を歌いながら、勝手に私の分のグラスにワインを注いでいる。

「じゃあ今回はまず実践編じっせんへんということで……」

なんで最初から実践編なのか、と思ったが、今のルカスは〝使えない〟のだったと思い直し、真面目まじめに受け取るのはやめることにした。気張きばっていた自分が馬鹿馬鹿ばかばかしかった。やるぞ、と思っていた緊張感はどこかへ消え去り、すっかり私は気を抜いていた。

「主様、もう勉強会は始まっているのですよ? 前に言ったはずです。主様は、すきが多いと♪」

ルカスはトロトロとしたしまりの無い笑みで言った。私はすっかりあきれてしまって、今日のことはなかば聞き流すことに決めた。彼の机の上にある、いくつもの本をぼんやりながめていた。始まっているも何も……。

すっとルカスが動いたと思ったのは一瞬で、気づくと私の唇は、温かくてやわらかいものにふさがれていた。ほほえられているのはルカスの手だ。そしてすぐ目の前に、白衣と長い髪の毛――。

最初何が起きたのかわからずにいたが、その構図を頭で理解した時、はじめてドキドキが体の中央から吹き出してきた。ルカスの唇はほのかに温かくて、心地よかった。

「フフッ、このままあなたを、飲み干してしまいたい。あの時は邪魔が入ったからね」

唇を離したルカスは、酔っている者の目からすっかり獲物えものねらうような目に切り替わっていた。

私はすっかり、彼の両腕に確保されていた。催眠術さいみんじゅつにかかったみたいに動けなかった。

「あの夜の事……。あなたはだまされたような気持ちでいたかもしれない。そんな主様を見ているのも愉快ゆかいではあったけどね。私の本心を見抜くのはきっと難しいだろうから、本当のことを正直にお伝えするよ」

そう言うとルカスは、私の頭を自らの胸に優しく押し当てて包み込むと、私の髪の毛をゆっくりとでながら話し出した。

「どうしても、もう一度あなたの唇が欲しくて仕方なくなった。それはもう、この私がそのことしか考えられなくなるくらいにね。

でも屋敷には大勢の目があり、主様と二人きりになることはいささか難しい。得られたチャンスは出来るだけのがしたくない。

でも私が一番不安だったのは、あなたの唇をうばうというたった一瞬のその行動を、あなたを前に果たす勇気が出せるかという一点だったのです」

ルカスはいとおしいものをでるように私の頭をさすりながら、私の耳元に、優しくささやきの声を並べていった。

「私にかかれば二人きりになる都合をつけることなど、造作ぞうさも無いことでしょう。でもその先の、肝心かんじんの行動に出られるかどうかは、いくら考えてみてもうまくいくという確信が持てなかった」

ゆっくりと、頭の上を彼の手のひらが流れてゆく。

「何度もいろんなシミュレーションをしてみたのですが、この一点だけがずっと気がかりでした。そこでもう、お酒の力を借りることにしたのです。こうでもしないと、無理そうだったので……」

そう言うとルカスは、腕にギュッと力を込めた。私の顔はルカスの胸の中に押し込まれ、彼の表情が見えなくなる。

「あなたが愛しくて仕方ないんです。私はあなたの隣でずっと、こうして心拍音しんぱくおんを高鳴らせていたい」

ルカスの吐息のような声。いつも聞く落ち着いた口調なのに、鼻の先では彼の心臓がものすごいスピードで鳴っているのがじかに伝わってくる。

「もう一度ください……」

そう言うとルカスは少し腕をゆるめて、息継いきつぎのために水面に顔を出した魚を狙う鳥みたいに、顔を上げた私の唇におおかぶさった。アルコールのにおいが鼻孔びこうをくすぐる。

トクトクトクトクと、心地よく心臓が鳴ってゆく。ルカスはそれこそ飲み干すみたいにゆっくりと唇をうごめかせ、私の唇から離れようとしない。

体の中心からじんわりと広がってゆく温かさと心地よさ。やさしい夢に落ちてゆく前のような、安心感と抱擁感ほうようかん灼熱しゃくねつのようなドキドキではないけれど、時間をかけてゆっくりとふくらんでいく、薄色うすいろのトキメキを感じた。きっと今日より明日、明日よりあさって、私はルカスに、どんどんかれてゆくのだろう。

知的で計算高いルカス。でもどんなに用意周到しゅうとうさくっても、気持ちに関わる事だけは操作出来ないと思い、お酒の力を借りた。そんなふうにしてまでして計画してくれたなんて……。

しばらくしてから、ルカスはゆっくりと唇を離した。だんだんとお互いの焦点しょうてんが合っていく。目の前で少しじらいながら微笑む彼を見て、夢じゃないんだな、と思った。

「研究対象として、などと言っては失礼でしょうが、医療係の執事として、主様のご様子は注意深く拝見はいけんしておりました。でも不思議なことに、私がこれまで診てきたどの患者とも違う感覚が芽生めばえてきたのです。

あなたのことを知れば知る程、どんどん知りたくなっていった。

あなたは恐らく、心に何らかの闇をかかえている。私はそれをなんとか引き出そうとしたし、治療出来るものならしてみようともした。

でもあなたは、なかなかその闇を見せてはくれない。この私が、心理的なへだたりを無くし信頼感をいだかせるようなあらゆる手段を尽くしてもね。……ますますあなたに惹かれていったよ。

正直なところ、どの患者も人も、1つ1つの症例に過ぎなかった。でもあなただけは、悩みや苦しみに心の底から寄り添いたいと思った。人の心をデータやサンプルではなくて、自分の想いから見つめてみたいと思ったんだ。

私が特定の誰かにこんなに惹き付けられたのは、主様が初めてなんだよ」

ルカスは、いつくしみに満ちた、とても優しい目をしていた。

「これからももっと、私を変えてくださいますか?」

真っ直ぐに向けられた視線に、私はただ口を半開きにして、顔を赤らめることしか出来なかった。するとルカスはフフッと笑い、

「おいで」

と、私の身体を引き寄せた。

激しいドキドキじゃない。安心感と穏やかさの波の合間あいまを行き来する、ずっとひたっていたいと思わせる、木漏こものような抱擁だ。

私は彼のことを警戒していた。私のことを大切にしようとしていることを、頭ではわかっているつもりでも、どうしてもあの時のことを思い出して心が反発していた。ルカスは何も悪くないのに。

むしろ、彼にも苦しい時期があった。自分が人を傷つけてきたということを、傷つくということがどういうことなのかということを知り、時間をかけてそれと向き合ってきた。

―― 一度細かく砕けた心も、元通りになるということはあるのだろうか?

ルカスは再び私の唇に自分の唇を優しく押し当てると、私を見つめた。

「私に出来ることなら、あなたの心の闇を払いたい。そのためなら、どんなことだってしたいと思っている。

もしそれがかなわなくても、あなたの闇の隣にいる。いつもこうして、あなたの傍で」

傷つけるということも傷つくということも、どちらも知っている者の言葉。

ルカスの声は本当に優しくて、真の思いやりがあって、私の目から、涙があふれた。

その後とある晩のこと:三人称視点

天使の研究のために夜遅くまで作業をしていたベリアンの地下部屋に、ノックをする者があった。扉を開けて入ってきたのは、ルカスだった。

「ベリアン。なぜ、あの方がこちらの世界に選ばれたのかわかったよ」

「そっ、それは、何でしょうか?」

焦った様子でベリアンは問う。ベリアンの追い求めていることに、主の存在は大きなヒントをもたらしてくれるはずだった。ルカスは深刻な表情を作り、おもむろに告げた。

「うん。あの方は少なからず、絶望を経験している」

ルカス編 終わり

ルカスについて(桃花的感想)

ルカス先生について

穏やかで落ち着きがあって、女性が喜ぶ言動はすべて熟知している権謀家けんぼうか。大人の余裕の飄々とした感じには色気があって、危険承知で飛び込んでみたくなりますね♪

私のメンタル主治医になって欲しい(切実)! 朝は私が起こしてあげるよっ!

ツッコんではならない

その髪の毛は、、、突然変異!?

闇堕ちに関して

ただのドキキュンストーリーを書くつもりで始めたあくねこ二次創作が、アモンくんのところでだいぶボロが出て、もはや私個人のリアルな闇を吐き出し妄想内で癒してもらうという一人芝居になってしまっている。ということで今回もすっかり闇堕ちしてしまった。ちなみにベリアンさんとこでもしっかり闇堕ちする予定。いや、題材が題材だから、暗くなるのは何分仕方ない。あくねこ見てると自分と無関係とは思えない。

そして、過去のトラウマを吐き出せるタイミングが来たということは、それを癒して解放出来るということ。と、信じて、しんどいけど向き合って、表現することで解放していきたい。

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