執筆大好き桃花です。
恋愛ノベルゲーム「悪魔執事と黒い猫(あくねこ)」の二次創作で短編小説を書いてみました。
ドキドキ・キュンキュンしていただけたら嬉しいです!
【注意事項】
下記作品は、恋愛ノベルゲーム「悪魔執事と黒い猫(あくねこ)」を題材に、私が書いた二次創作の短編恋愛小説です。
可能な限り元ネタの設定・構成・性格等を崩さないよう配慮しておりますが、私自身まだ元ネタのストーリーを完全に読み切れていないこと、元ネタのストーリー自体も途中であること、等の事情もあり、矛盾や乖離が生じる可能性もございます。
また、個人で作成した作品ですので、今後の本家様のストーリー展開には一切影響いたしません。
あくまで素人の二次創作であることをご理解いただいた上で、お気軽にお楽しみください。
(対象年齢:小学生くらいからOK ドキドキしたい女性向け)
※本作品は「その①ハウレス編」の続きのストーリーとなっております。その①を読まずに本作だけでも充分お楽しみいただけるかと思いますが、気になる方はその①もお読みいただけると嬉しいです。
天使との闘いで右目と右手を失ったが、なお剣の腕においてはハウレスに劣らぬ戦力を持つ。
指図を受けるのが嫌いで、特にハウレスに対してはライバル意識を持ち、いつも反抗的な態度を取る。
仕事の担当は屋敷の設備管理係(インテリア関係)。
好きな食べ物は肉料理。苦手な食べ物は野菜。
ライバルであるハウレスの弱点を掴むため、ボスキはとある〝調査〟を始める。それによってボスキ自身が泥沼にはまっていくとは知りもせずに。
その② ボスキ編 『ミイラ取り』
ボスキの手記:ボスキ視点
△△年○月×日(晴れ) 新しく俺達の主様になった人は、ちょっとよくわかんない人だ。 悪い人じゃないのは確かだと思う。よく笑うし、思いやりもあるし、優しい。顔もそこそこ悪くない。 だが、安易に信用するのは違う。 興味深いのは、ハウレスに与えた変化だ。アイツは、主様が来てから、いろいろと面白い変遷を辿って今に至る。 とりわけずば抜けた特徴も見当たらない普通っぽそうな女が、どんな魔術を使ってハウレスを虜にしたのか。それがわかれば、口うるさいハウレスの弱点を掴み、アイツを黙らせてやることも出来るんじゃないか? 鍵を握っているのが主様だ。主様の一体何が、ハウレスのヤツをあんなに骨抜きにしたのか、見通してやりてえと思う。
解明の発端(ほったん):三人称視点
主が屋敷の外に出ると、多くの執事が戦闘に向けたトレーニング中だった。指導しているのはハウレスだ。
「ん、主様!」
主に気づいたハウレスは、視線をすっかり奪われる。
「練習続けてよ。私、邪魔しちゃったかな」
「いや、そんなことは……」
ハウレスが手を止めたのをいいことに、訓練を受けていた若手執事達は解放されたとばかり、主を取り囲んだり、勝手に休憩に入ったりした。
「こらお前達、まだ休憩じゃないぞ」
横で独自に練習をしていたボスキも、同じタイミングで剣を納める。
「ボスキまで。今素振りの途中だっただろ」
「俺は別にお前のトレーニングで鍛錬してた訳じゃねぇし。休憩だよ休憩」
ボスキはハウレスの言葉を突っぱね、ラムリやロノに取り囲まれている主の方へと向かった。
「主様、俺と休憩がてらに散歩にいかねぇか?」
そう言って話に割り込んできたボスキに、ラムリが不満そうな声をあげ、ロノも「邪魔しないでくださいよー」と頬を膨らませる。
「てめえらはまだまだトレーニングが続くだろ? 早く戻れよ」
その後ろからハウレスが執事達を呼び戻しに来る。
「ほら、主様、行くぞ」
ボスキだけはハウレスの声をすり抜けて、敷地の外へと歩き出す。主は少々戸惑ったが、半ば強引に物事を進めてしまうボスキの後を追いかけた。
ボスキは一度たりとも、主がついてくる背後を振り返ることはしなかった。ボスキは、そういう気配りは出来ない執事だ。主もボスキの性格をわかっていて、気には留めない。
やがて開けた場所に出ると、目の前には大きな湖が広がっていた。
「綺麗ー」
湖面が太陽の陽射しを受け、キラキラ光っている。周囲をなだらかな丘がぐるりと取り囲み、適度に木立も並んでいて、小鳥のさえずりも聞こえた。初めて連れて来られた美しい場所に、主は感動した。
ボスキは木陰の方に歩いていくと、そのままドカッと体を倒した。主が上から見下ろすと、
「ここは俺のお気に入りの昼寝場所なんだよ。主様もほら、横になれって」
と、だらしない格好で言った。敬語もなってなくて、振る舞いも態度も何もかも執事っぽくない様子に、主は苦笑した。
主はひとまずボスキの隣に腰を下ろすことにした。湖面のキラキラがより間近に見え、太陽の陽射しも遮られるベストスポットだ。
ボスキはそのまま寝てしまわずに、主に話しかけた。
「今日はいい天気だな」
「いつもここに来るの?」
「まぁ、だいたいな。あ、他のヤツらには教えんなよ? ハウレスのヤツに知られたら、昼寝のたんびに邪魔されちまう」
「ふふ。仕事サボってこんなとこで寝てるんだ」
「ああ。まだ誰にもバレてない、最高の場所だよ」
そういってボスキは気持ち良さそうに伸びをした。
ボスキと主は、とりとめもない会話を交わした。時折、急に話がすっかり途絶えてしまうことがあった。ボスキが目を閉じているので、主は彼が寝てしまったのかと思うが、しばらく黙っていると、また適当なタイミングでボスキが話を振った。ボスキが自由人であることを主もわかってはいたが、話のペースや話題に於いても、全く自由であった。
そうやってだいぶ時間が経った。
「もう戻らなくて大丈夫なの?」
と主が聞くも、ボスキは、
「俺無しだってトレーニングは続くだろうし、今日は特段手持ちの仕事も無いから大丈夫だ」
と言って、また脈絡の無い話が断続的に続いた。主は、今日はやたらボスキが接点を持とうとしてくれるのが嬉しくて、その時間を長く楽しみたいと思った。
そうこう話をしているうちに、主の性格的な部分に焦点が当たり、ボスキは言った。
「主様は、ハウレスに似てるところがあるな」
「ちょっと私も完璧主義なところがあるかもね」
「主様も、頑張り屋だからな」
「そんな、私は全然努力出来て無いよ」
「ハウレスもそうだが、なんで完璧にこなしたがるんだか。もっとテキトーでいいじゃねーか。俺を見習えよ」
ボスキは軽い気持ちで言ったが、主の返答は少し湿り気を帯びていた。
「自分のことが、嫌なのかもね」
「自分が、嫌だと?」
「うん」
ボスキは目を開け、主の表情を下から見上げる。
「今の自分が嫌で、もっと理想に近づきたい、欠点を克服して魅力的になりたいって、常に思ってるんだろうね」
「ご苦労なこったな」
「それでも私は不器用でさ、他の人みたいに上達出来ない。やってもやっても変わらない。それで苦しくて、そんな自分がもっと嫌になって、自分のことを追い込んでしまうのかも」
(主様がそんなふうに考えてたとは思いもしなかったな。もっとほわほわしてて、あんまり物事を考えてなくて、ただ笑顔と愛嬌だけで執事の人気をかっ攫ってるヤツなのかと思いきや、意外と人間臭いところもあるじゃねーか)
ボスキが黙り込んだので、主は問いかけた。
「どうしたの?」
「うんや、何も」
ボスキは続けて言う。
「でも別に、そんなに自分のこと嫌がる必要もないだろ」
「まぁ頭では、自分のこと責めないように、ってセーブしてるつもりだけど。ほぼ無意識なのかもね」
「主様は十分頑張っている。そっちの生活もあるだろうにマメにこっちに顔出してくれて、天使狩りにも力を貸してくれて、何も自分を責めるこたぁない」
「ありがとボスキ」
笑顔の主を見ると、悩み事なんて何も無い少女みたいで、ボスキは不思議な気持ちになる。今のはそういう演出なのか? 実はコイツはアモンみたいな策略家で、ハウレスをうまく水飴みたいな罠で絡め取って、手の平で転がすタイプなのか?
「でもいいなぁ」
「何がだ?」
「そんなふうに、張り合える仲間がいるって。ボスキとハウレスは切磋琢磨して、だからこそ二人とも強くなってくんだろうね」
「はぁ? 俺は一度も良かったなんて思ったことはねーぞ?」
そこでボスキは疑問が湧いた。主にだって、〝向こうの世界〟で誰かしらの仲間がいるはず。なんで俺達みたいな関係を羨ましがるのか。
「主様には、そういうヤツがいねぇのか?」
少し、間。
「誰しもが素敵な人間関係を持てるかと言ったら、そうじゃない人だっているだろうしね」
主は話を一般化させて適当に誤魔化そうとしたが、失敗したと思い、正直に打ち明けた。
「まぁ、私はこんな感じだし、人と関わるのが、うまくないから」
「主様が、人とうまく関われない、だと?」
そんな返答が来るとはボスキも予想していなかった。どんな世界であれ、この人だけは周りの人間から愛されてそうだ。明るく前向きで、度胸もあって頑張り屋で、執事全員に好かれている。そんな主様が、そっちの世界じゃあ、孤立してるだと……?
「だからホントに羨ましい。執事のみんなが」
その時向けられた少し儚く、苦しげな主の笑顔に、ボスキは自分の心の中で、何かがカタリと音を立ててナナメに倒れるのを感じた。こいつが、ハウレスのヤツを少し変にさせた魔術の正体か? その時はまだわからなかったが、それ以来ボスキは主と接するたびに、そのカタリと動いたハコが少しずつ揺さぶられていくのを感じるようになるのだ。
気まぐれな訪い(おとない):三人称視点
――だからホントに羨ましい。執事のみんなが。
ふと気を抜くと、主の乾ききった声と寂しそうな笑顔がボスキの脳裏に浮かぶ。常にという訳ではない。アモンに髪の毛を結んでもらってる時とか、トレーニング後の休憩時とか、サウナに入っている途中とか、ふとした瞬間にぽつぽつと浮かぶ程度だ。
それ自体、ボスキに何かしらの感情や意思を湧き起こさせるものではなく、ただの記憶のリプレイに過ぎなかったが、まるで無言の挨拶みたいに、気まぐれにボスキに会いに来てはいなくなってを繰り返した。
ある夕方、ボスキが部屋の中であの湖での光景を思い返していると、
「ボスキ、考え事か?」
思考に飛び込んできたのはハウレスの声だった。
「はぁ? うるせえよ」
常にハウレスに対しては反抗的なボスキだったが、このセリフには特にトゲがあった。恨むような目でハウレスを睨みつける。
「そんなにカッとすることはないだろう? 心配してやってるのに」
「何が心配してやってる、だ」
「ボスキが考え事なんて、珍しいと思ってな」
「ふん」
あれからも主はよく屋敷に顔を出したが、ダントツで一緒の時間を過ごしているのはハウレスだ。
(そういやコイツは、ちょっちゅう主様に呼ばれてお世話をしてるな。確かに俺なんかより、コイツの方が執事としては数倍頼りにはなるだろうがな)
ボスキはハウレスにちらりと目を向けた。
(あの日主様が俺に見せてくれた表情も全部、コイツは見てるんだろうか)
そう思った途端、ボスキは心がグッと下に引きずられるような重みを感じた。言いようのない感情が溢れてきて、その取り扱いがわからず、混乱した。
ひとまずその困惑をハウレスに見られたくないと思ったボスキは、席を立つと急いでドアへ向かった。
「おい!」
部屋の中からハウレスの声が聞こえてくるが、扉の外へと追いかけてくる様子はなかった。
ボスキは頭を抱えながら、ふらふらと敷地の外へと歩いていった。体を動かさなければ、自分を取り巻こうとしている気持ちの悪い靄を振り払えないように感じた。
足を進めながら、さっき自分に襲いかかろうとした未知の感情の正体について暴こうとしてみたが、どうしても最後には目を伏せてしまった。靄の中にいるのは、自分が出会うべき魔物ではないような気がした。普段道を間違うことはない狩人が、面白半分で足を踏み入れた森で図らずも猛獣に出くわしてしまったみたいな気持ちだった。他の野獣ならば倒すのはお手の物だが、動きも読めない初めての獣には、どう闘えばいいのか見当もつかない、そんな気持ちだった。
二度目の湖:三人称視点(一部ボスキ視点)
「はぁ」
ボスキはいつもの湖の前で腰を下ろした。
(俺はアイツのこと、とやかく言えないんじゃないか)
ハウレスの前からそそくさと逃げてきた自分の行為を振り返り、子供じみていたな、と悔いる。そんなこと、かつてのボスキではあり得なかった。
ボスキは自分でも、自分が自分じゃなくなりそうになりつつあるのを感じ始めていた。だが、そのことをあえて考えないようにしていた。
ボスキの頭に、ハウレスの顔が思い浮かぶ。続けて、主を世話している時のハウレスの完璧な仕種と振る舞いと、主を連れて部屋に入る時の彼と、笑い合っている二人の様子を。以前は全く気にならなかったそれらの光景が、どういう訳か、今のボスキにとっては一場面一場面がズキズキと強く脳裏にアタックしてくる。
「どうしちまったんだろうな、俺」
口にしながらも、その捉えどころのない感情の行く末はあらかた見えかけている。
(俺はハウレスに、嫉妬しようとしている。この俺が、嫉妬?)
これまでに感じたことのない感情を持つことは、すごく気持ちの悪いことだ。ひょっとしたら、別の名前の感情を取り間違っている可能性もあるのかもしれない。すっぱりと自分の中に収まらない、モヤモヤと落ち着かない、奇妙な感覚だ。
「はぁ」
もう一つ溜め息をついたところで、足音が近づいてくるのを感じた。その時既に、心臓は早くも反応していた。
振り向くと、主だった。
「またここにいたんだね」
ボスキは狼狽をうまく取り繕って顔を前に戻した。今一番避けたい人物だと思った。気持ちが中途半端で、どう接していいかわからないからだった。それでも主がすぐ横に腰を下ろすと、少し酒に酔ったような、いい意味でどうでもいいかという安心感にも包まれ、不思議な感覚になるのだった。
「なんの用だよ?」
「もっとボスキと仲良くなりたいと思って」
「はぁ? 俺と仲良くしたっていいことねぇぞ」
主は声を上げて笑った。
「なんか企んでんのか?」
「そんなこと無いよ。単純にボスキのこと知りたいから」
また胸の中でカタリと音がする。ボスキは深く、溜め息をついた。
(素でこんな馬鹿なセリフを吐いてるんだとしたら、コイツはよっぽど変人だな)
そう思いながらも、ボスキ本人も気づいていない嬉しさが、彼の気持ちの奥底をひたひたと覆い始めていた。その感情をボスキただ、〝何かあったかいもの〟としてだけ認識していた。主と接していると、すごく不思議な気持ちになる。妙な発見があって、意外で、予想を鮮やかに超えてきて、気づいた時には自分の中の何かが置き換わっている。そんな感覚だ。
――かつて、存在しなかった。
自分を怖がらずに接してくれる者も、自分に興味を抱いてくれる者も。
この無愛想な顔とぶっきらぼうな態度とで、自分の周りに友人が出来たためしはなく、女性と縁が出来ることだってなかった。
こんな自分には、孤立した生き様しか送れない。別にそのことを悩むことも悲しむこともしなかったし、面倒臭い交友関係に巻き込まれるよりよっぽどマシだとさえ思っていた。
主様の言葉は、そんなこれまで疑問にも思わなかった価値観にメスを入れ、あろうことか、ひっくり返そうとさえしている。
コイツは一体、何者なんだ?
コイツは俺をどうしたい?
……いや、コイツが俺を、ではなくて。
俺がコイツといると、自分の中が揺さぶられるような気がするんだ――。
ボスキは木陰に寝っ転がり、すぐ横に寝っ転がった主と気ままに喋っていた。主と話す時は、話の裏を勘繰ったり「こんな事喋ったらなんて思われるか」なんていう面倒な思考を一切抜きに、自然で自由に話題を繰り広げることが出来た。虚勢を張らず、自分を取り繕わずに話が出来るのは、実はボスキにとっても珍しいことだった。まどろみから落ちていく途中のように、心地よくて、穏やかで、何の不安も無くて済む、自然体の自分でいられる時間だった。
鳥の鳴き声の変化が、ボスキに時間の経過を知らせた。
「おっと、もうこんな時間なのか」
ボスキは慌てて上体を起こした。ほんの少しのつもりだったのに、その時間が実はあっという間だったということに驚く。確かにここに来た時には爽やかな青空だったのに、もう既に湖が夕陽色に染まっている。
「長々と悪ぃな」
「うんん、ボスキのことがたくさん知れてよかった」
主に笑顔を向けられると、ボスキの中でまた何かがカタリ、と力強く音を立てた。
帰りの道中、向こうから探しにきたのはハウレスだった。
「主様、ここにいらっしゃいましたか。心配いたしました」
続けて、ボスキのことを睨み付ける。
「おい、急にいなくなったかと思いきや、こんなところで油を売って。主様のことも長い時間拘束させたんじゃないか? 天使が現れたりしたら、どうするんだ」
「そん時は俺がパパッとやっつけてやるよ」
「そういうことじゃないだろう? お前は執事としての自覚がないのか」
ハウレスはいつものごとくボスキを叱りつけるが、ボスキは「はいはい」と言って争うような素振りがなかった。
「全く、主様も、お一人でこんな遠くまでお出かけにならないでください」
「ごめんね。でも、ボスキの居場所はわかってたから」
ハウレスは主を心配そうな目で見つめ、主も特別な笑顔で返した。二人は目と目で合図を交わすと、並んで歩き出した。ボスキは二人の後ろからついていく形になる。
今にも近づきそうで、でも背後からの視線を気にして適度な距離を保つ主とハウレス。
なんとなく二人の様子を気にしながらも、まだそこまで深い洞察力を身につけていないボスキは、ただ主のいつも以上に輝く笑顔ばかりを目で追いかけていた。心の中ではカラカラと、何かがせわしなく回転する音がしていた。そしてボスキは、胸の中で呟く。
――ハウレス、わかった。
コイツは確かに、お前をあんな風にした魔術を持ってる。
しかも自分じゃ気づかないうちに、素でその呪文を唱えてるんだよ――。
自由任せの跳梁(ちょうりょう):三人称視点
それ以来ボスキは、主のことで頭がいっぱいになることを抑え付けなかった。考えられる時は考えられるだけ、主との記憶を思い返しては自由に胸を熱くした。無愛想な表情の内側で、ボスキは主のことを思い浮かべ、しきりに胸を叩き続ける痛みに感情を委ねた。それは苦痛ではない。むしろ心地よい殴打だ。
目を閉じると、脳裏に笑顔の主が現れる。頬が火照ってくるのがわかる。そして胸の高鳴りも熱を帯びてくる。かつて自分が陥るとは予想だにしなかった感情に、全身すっぽりと覆われてしまう。
「はぁ」
ぼうっとしてほろ酔いみたいな気分になって、いつも以上にけだるい様子で動きが鈍くなる。
ボスキはその感情の種類におおよその見当はついていたが、名前をつけることは避けていた。ただの〝ぼんやり〟という認識だけで満足だった。
ボスキが部屋で本を読んでいると、ベリアンが部屋に入ってきて言った。
「ハウレスくん、主様からのご指名ですよ」
呼ばれたハウレスはそれはさも嬉しそうに準備をすると、張り切って部屋を出て行った。ただそれだけの、いつもの光景だったのに、ボスキの心に引っかかりが生じた。
(ハウレスの野郎も、主様のことをこんな風に意識している? 俺と同じ、気持ちなのか?)
前から知っていた事実だった。その正体を確かめるための調査だったはずだ。だがふとそう思ったら、これまで静かにカタリと倒れていただけの落ち着いた心の中が、突然ギュウッと締め上げられるような感覚がした。これにはボスキもちょっと慌てた。
新しく加わった感情、それは、〝苦しい〟だった。
一度〝苦しい〟という気持ちに傾き始めたボスキの感情は、加速度的に勢いを増して滑っていった。お世話から帰ってきたハウレスがいつも以上に癪に障り、主に別の執事が呼ばれるたびに胸が絞られるような圧迫感を覚え、主が自分以外の者に笑顔を向けるだけでシュンと冷たい気持ちになる。それは日増しに大きくなって、一ヶ月も経つと、あれほど待ち遠しく感じていた主との時間さえ、喜びと苦しみが入り交じって素直に話が出来ないようになった。嬉しいはずなのに、以前のように喜べない。何か怖れに近いような気持ち悪い感覚が、膜となって喜びの感情の外側を厚く包み込んでいるような気がしてしまうのだ。
質問と理解:三人称視点
ボスキはなんとか一人でその捉えどころの無い感情と闘っていたが、いくら頻繁に対峙しても、器用にそれを手懐けることは出来なかった。新しい感情はしょっちゅう目の前に現れては暴れ、ボスキに噛み付き、振り回した。剣の腕が立つボスキでも、その感情を斬り捨てることも貫くことも、はたまた叩き伏せることも不可能だった。それは幽霊のようにどこからともなく現れ、ボスキを取り巻き、ただ気持ちの悪い不快な手触りを残して、嘲笑うように消えていった。
ボスキはとうとう、その気色悪い感情に唆されるかのように、ハウレスに向かって疑問を投げかけた。夕刻、少し薄暗くなり始めた部屋の中で、ハウレスはその日の日記をつけていた。
「おい、ハウレス」
「ん?」
「お前、主様と、出来てんのか?」
「なっ……」
部屋にはボスキとハウレスの二人しかいなかったが、ハウレスは誰が見てもわかりやすく顔を真っ赤にさせた。でも、続きの言葉は出てこない。
「あぁん?」
ボスキが挑発すると、
「お前、何言って……」
しどろもどろになりながら、ハウレスはそれだけを言うのがやっとのようだった。だがかえって、そのセリフはボスキの予想を肯定していることにしかならなかった。
「ふうん」
その夜主に指名されたボスキは、普段以上に口数が少なかった。今日はあまり話したくない気分なのかな、と察した主も、必要以上にボスキに話しかけることはしない。ただ、部屋の中にいてくれるだけでいい。そう思っていた。
長い沈黙が続いた後、ボスキは口を開いた。
「なぁ主様。一つ、聞いてもいいか?」
「何?」
ボスキはあらかじめ準備していた言葉を発するに当たり、ものすごい抵抗を感じた。今までの無言の時間も、その言葉を言おうか言うまいか、いつどう言ったらいいのかをひたすら考えていたのだ。いざ口にしようとすると、胸が高鳴った。だが意を決して、勢いで声を前に押し出した。
「ハウレスの野郎と、どーゆー関係だ?」
主は口を半開きにし、顔を赤らめた。目は怒りからか涙からか潤んでいるように見え、唇はわずかにぷるぷると震えていた。その顔は、間違いなく〝好きな相手を思い浮かべた時の表情〟だ。それはボスキにとっては好ましくない事実を証明する反応だったにも関わらず、同時にその表情によってボスキの感情は激しく揺さぶられた。ボスキは全身がガツンと打たれたように痺れ、すぐにでも主を抱き締めたいという衝動に駆られていた。自分の中で暴れ回る猛獣を抑え込んでいる間、「可愛い」という言葉が脳内を走り回っていた。
「……なんでそんなこと聞くの?」
主の言葉でボスキはハッと我に返った。
今、自分は何をしていたんだろう? と思わずにはいられないくらい、ボスキの頭の中は別世界に飛んでいた。どうやら自分は猛獣にやられて主に手を出してはいないとわかると、冷水を浴びたように現実を理解した。俯き加減でふぅ、と溜め息をついてから、
「悪かった。忘れてくれ」
と言って、その後一切その話題には触れることが無かった。
その日の夜、布団に横になったまま、ボスキは何度も二人の反応を思い返していた。アモンはいびきをかき、ハウレスもフェネスも寝息を立てている時間帯だ。
主の様子を思い出すと胸がカッと熱くなり、ハウレスの様子を思い出すとカッと怒りが湧いた。あんな主の顔を見たら次こそは我慢出来ないと思いつつ、ハウレスが赤らめた顔程この世でムカつくものは存在しないと思った。そんなことをぐるぐるぐるぐる繰り返し、ボスキの思考はとうとう、それらの中心にある冷たい場所へと辿り着く。
(そっか。二人は、出来てんのか)
途端に、見えない刃物で胸を切り裂かれるような痛みを覚えた。
(模擬戦で負けるより、百倍しんどいな)
行方不明:主視点
屋敷に来るなり、慌てた様子のベリアンに声をかけられた。
「主様、大変です。ボスキくんが」
「ボスキが、どうしたの?」
「今朝突然、『悪魔執事をやめる』と言い出して」
「え!?」
「ちょっと目を離している隙に、いなくなってしまいました……」
ベリアンの話では、ボスキが朝ベリアンの部屋を訪れたかと思うと、理由も告げずに「悪魔執事をやめる」と言い出し、現在行方不明中。ボスキに特段混乱した様子や普段と変わった様子は見られなかったという。ただベリアンの見立てでは、この頃少し落ち込んでいるというか、ぼんやりしてる時も多かったような気がするとのこと。
「主様。ボスキくんは我々で捜します。主様は……」
「私もボスキのこと、捜すよ」
「ですが主様」
そこへ状況を報告しに来たのはルカスとハウレス。ベリアンが彼らと喋っている間に、私の足は出入口へと向かっていた。
「心当たりがある場所、捜してみるね!」
そう言って私は屋敷を出た。
いつもの場所:主視点
私がボスキに関連して覚えている場所と言えば、そこくらいしか無かった。
お気に入りのその場所を教えてくれたのは私だけ。他の執事にはバラしたくないボスキの気持ちを尊重し、私は一人でそこを訪れた。
「やっぱりここにいた……!」
彼の耳にも確かに届くくらいの声量だったのに、ボスキの後ろ姿は微動だにしない。ツヤのある綺麗な髪の毛が、風にわずかに流されているだけだ。すぐ傍まで歩いていって顔を覗き込むと、ボスキは虚ろな目でぼんやり湖面を眺めていた。私はすぐ隣に並んで腰を下ろした。
「ねぇボスキ。ベリアンから、話は聞いたよ」
「そうかよ」
「みんな心配してるよ」
「……」
「ねぇ、なんで突然屋敷を飛び出してきたりなんかしたの? みんな、手分けしてボスキのこと捜してるんだよ?」
「……」
ボスキは目を閉じてほとんど喋らない。いくら話しかけても、気まぐれに相槌を打つだけで埒が明かなかった。ろくに返事もしないで、ボスキは時折つかぬセリフを吐いた。
「俺は腑抜けちまったからなぁ」
「え? どういうこと? 強いボスキがいなくなったら、みんな本当に困るって。もちろん私も」
「……」
「天使狩り、どうするの?」
「……」
「グロバナー家の貴族には、なんて説明したらいいの?」
「……」
私はボスキを見つめた。彼は目を閉じたっきりだった。
「ったく、どいつもこいつも、俺の気も知らないで」
時折挟まれるボスキの言葉は、私の質問とまるで噛み合っていない。何を言っても正面から応じようとしないボスキに、さすがに気が立ってきた。
「ねぇボスキ!?」
すると突然、ボスキはカッと目を見開き、真っ直ぐに視線を叩き込んできた。咄嗟の出来事に圧倒されて言葉を飲み込んでしまう。ボスキは、これまでにないくらい真剣なまなざしのまま口を開いた。
「主様。俺は、どうやらアンタに惚れてるらしい」
自分の心臓が跳ね上がるのを感じた。ボスキの目が、冗談にして笑い飛ばすことを許さないその目が、私の感情を突き刺すように光った。
「今さっきの話じゃない。だいぶ前からだ。二度目にここで喋った時。あの時にはもう、俺はアンタの前で胸の動悸を抑えていた」
ボスキが何を言ってるのか、正直わからなかった。理解が追いついていくのに、かなりの時間を要した。心臓ばかりが高鳴り続けている。
「必死に隠そうとはしてたが、俺は表情に出にくいと思うし、こんなこと言うキャラじゃねぇから、なかなかわかってもらえないとは思うがな」
ボスキのそのセリフで、やっと理解が時計の秒針を合わせるように近づいてきた。
「実は、ハウレスの野郎の弱みを掴みたくて、アンタに近づいたんだ。アンタの何が、ハウレスのヤツをあんなふうにさせたのか知りたくて」
理解は追いついてきても、驚きで言葉は出ない。
「けど、『ミイラ取りがミイラになる』ってのは、このことだな」
ボスキはそう言うと、高笑いをした。
「ホント、最初はそんな浅はかな気持ちだったさ。でもアンタと長く居るようになって、アンタのことを知るたび、毎回驚きと発見があって、新鮮な気持ちになった。人とつるむのが苦手な俺でも、アンタの隣は居心地が良くて、安心して話すことが出来た」
ボスキは淡々と、日常会話をしている時と変わらない様子で喋った。
「そうこうしてるうち、アンタのことを意識するようになった。アンタ自身のこと、それと、アンタと他の執事とのことが気になりだしたんだ。頭でそう理解するより、気持ちが先走っていた感じだったけどな。アンタを見てると、いろんな感情に襲われた。〝嬉しい〟も〝楽しい〟もあったけど、〝寂しい〟も〝苦しい〟も経験した」
ボスキはしばらく黙り込んだ。
「この変化がどういうものなのか理解した時、俺はアンタに惚れてるんだと知った」
また、ドキリと胸が鳴った。
「……でも、アンタは既にハウレスのもんだ。その事実を改めて知った時、なんかもう、どーでもよくなっちまった」
ボスキは大きく溜め息をついた。
「アンタとハウレスの二人を見てると、耐えられねぇんだよ。そしてそれは、これからもずっと続くんだろ? そう思ったら、あの屋敷にはいられねぇと思った」
ボスキはぼんやり、空を仰いだ。
「足を踏み入れたその時にはもう、俺の敗北が決まってたんだ。そんな場所に、意気揚々と突っ込んじまった。後からだから言えることだがな」
ボスキは少し間を置いてから、私の顔を見つめ、
「てことで、執事はやめさせてもらう」
と、スッパリ言い切った。
私は言葉に詰まった。ボスキの告白に驚くと同時に、ショックでもあった。ボスキが私と仲良くなろうとしていたのは、とある目論みが理由だったということ。ボスキがハウレスを追い込むものを探そうとしていて、それが私であったということ。そうこうしてるうち、ボスキは思いもかけず私に好意を抱いてしまったということ。実は私の言動が図らずもボスキを苦しませていたということ。結果的にボスキが「執事をやめる」と言い出したこと。いろんな感情が織り交ざったショックだった。頭の中にあらゆる考えがぐるぐると渦巻いて、追いついていけなかった。自分の頭の中が整理出来ない状態で、ボスキのことを強く引き留めることも出来ないでいた。
その時、例の不穏な警報が鳴り響いた。天使の出現を告げる警報だ。
「……私、行かなきゃ」
「行ってらっしゃい」
「ボスキ」
「俺はもう執事じゃねぇし」
ボスキはまるで動こうとする気配が無かった。ここでこの場を離れたら、戻ってきた頃にボスキはいなくなっているだろう。でも、天使のいる場所へ向かわない訳にはいかなかった。
「ボスキ」
「ん?」
「続きを聞かせて」
ボスキはぽかんとした顔をした。
「帰ってきたら、さっきの話の続きを聞かせて!」
それだけ言うと、私はボスキの返事も待たずに駆け出した。
街に現れた天使を倒し、帰ってきた時にはもう、日は暮れてしまっていた。散り散りになっていた執事間の情報統制をしながら複数の天使を倒すのに、時間がかかったためだった。屋敷に戻りすがら、執事達を連れてさっきボスキと喋っていた湖の近くに行ってみたが、既にボスキの気配は無かった。
「ボスキさん、ここに居たのか」
バスティンが呟く。他の執事も辺りを歩き回ってみるが、ヒントになりそうなものは見つからない。
――やっぱり、止められなかったか。
つい数時間前までボスキがここにいて、二人で並んで話していたのが、夢みたいだった。
「主様。もう暗いので、屋敷に帰りましょう」
ロノが声をかけてくれる。でも私は、この場を離れたくなかった。
「主様、お戻りください。私が、この付近を中心にボスキさんを捜して参ります」
ユーハンが優しく私を諭してくれる。
「もう夜だぞ。これから捜すのか?」
バスティンが問うと、ユーハンは、
「はい。暗闇の中で動くのは慣れてますから」
と微笑んだ。「じゃあ、俺も捜します」と言ったのはテディ。私は彼らにボスキのことを託し、屋敷へと向かった。
青い剣撃:主視点
ボスキが姿をくらましてから丸五日が経った。あの日から昼夜問わず捜索が続けられたが、全く手がかりが掴めずにいた。アモンの話では、ボスキはサバイバル能力が高く、ほっておいても野垂れ死んだりはしないだろう、ということだったが、それでも私は心配だった。
普段の仕事もこなしつつ、皆手分けしてボスキを捜しに行く。ボスキと付き合いの長い皆の知識や経験を活かしても、彼の姿はどこにも見当たらない。
落ち着かなくて、私は屋敷を離れて外へ出た。一人で出歩くのは禁じられていたが、屋敷の中もバタバタしていたので、誰にも声をかけずに来てしまった。
五日前は、突然の告白に頭が混乱していた。それから、ずっとボスキと喋ったことを遡って思い返していた。あの日のボスキも、あの時のボスキも、本当にそんな気持ちを抱いていたんだろうか? そんな素振り、全く感じられなかった。そして、そのことでずっと悩んでいたことも……。気づいてあげられればよかった。違和感のしっぽでも掴めていたなら、ボスキを止められたのではなかっただろうか?
ボスキがいなくなったのは、私にも責任がある。私も屋敷に閉じ籠もってばかりいないで、ボスキを捜す手助けをしなくては。
屋敷近くの森の中を歩いていたはずだったが、考え事をしながら歩き続けていたら、だいぶ奥まで来てしまっていたようだ。来た道は一本道のはずだから、戻れないことはないだろう。それでも、どれくらい時間が経ってしまったのかの見当もつかない。
その時、すぐ近くの茂みで人が動くような気配がした。動物が動いた音ではない。咄嗟に「ボスキ?」と問いかけた。
すっと姿を現したのは、白い髪、白い衣服、能面のような表情の、背中に羽を持つ生き物――天使だった。
私は怖さのあまり、声が出なかった。そして、足も固まってしまったみたいにその場から動けない。
突然姿を現した天使の虚ろな目は、明らかに私に照準を合わせている。逃げなきゃ。そう思っても、体が動かない。
その時、後ろからも何かが近づいてくる気配がした。振り返ると、もう一体の天使。私は囲まれていた。……終わった。そう思った。
その時、背後で何かが崩れ落ちる音がして振り向くと、最初の天使が消えかかっている途中だった。
「全く、こんな危ねぇ場所に主様一人で向かわせるたぁ、悪魔執事のヤツらはどうしようもねぇな」
懐かしい声がした途端、私はその場にへたり込んでしまった。その直後、後ろから白い光がこぼれてくる。と同時に、声のした方向からは青い光のような鋭い剣撃が放たれた。
……一撃だった。天使の攻撃が私の背中を狙うよりも早く、白い生き物は消えてなくなった。
私は気が抜けてしまって、立ち上がれなかった。静かになってからも、ぼうっと孤高の剣士を見つめていた。
「おい。なんでこんなところに来た?」
みっともないことこの上ない私は、ボスキを捜しに来た、なんていう格好いい言葉を口にする権利は無さそうだった。
「俺がいなかったらどうなってたと思ってんだ」
やっと、よろよろと立ち上がる。
「そうだね、ありがとう」
「ったく」
私は俯いていた。この距離で、彼を捕まえることはできない。言葉での説得も、今の私では無理だ。そもそも前回も失敗に終わったのだ。
またボスキは、逃げ出してしまうだろう。私には、彼を引き留めるだけの力が無い。
そう思ったら、自分が無性に無力に思えて、脱力感に見舞われた。
「おい、どうした?」
そう言ってボスキは、自分の方から歩み寄ってきた。
「逃げないの?」
「あ?」
「また、いなくなるんでしょ? 私の前から……」
声が震え、自分の顔が崩れるのがわかった。怖さと寂しさと、悲しさと虚しさとで、いびつに歪んだ顔だ。そんな私の表情を、ボスキは睨むような怖い顔で見ていたが、ふっと微笑ったかと思うと、ことさら明るい口調で言った。
「約束だったな。あの時の話の続きを聞かせてやるよ」
ボスキは足下を遮る茂みをものともせず、真っ直ぐに近づいて来る。私の正面で立ち止まるかと思いきや、そのまま壊れたロボットみたいに、速度を落とさず私の体にぶつかってきた。
(え!?)
――と思えば、気づいた時に私の体はボスキの両腕の中に抱かれ、唇を奪われてしまっていた。あまりに一瞬の出来事に反抗も身動きも出来ず、私は何もわからない子どもになったみたいに、されるがままにボスキの唇を受け止めていた。あっさりと乾いたようなキスだったけど、その反面、心臓がガンガン暴れていた。
顔が火照る。頭の中で動悸がする。私に触れている手は男の人のものとは思えないくらい優しくしなやかで、包み込まれている喜びに脳が痺れそうになる。
唇を離したボスキは、そのまま私の顔を見つめて、狂おしげな表情をしてみせた。
「お前のことが、片時も頭から離れなかったんだよ」
私はボスキの顔を見つめながら、ぼんやりすることしか出来なかった。
「お前らのことを忘れたくて屋敷を離れたのに、かえって俺のことを苦しめやがって」
ボスキの声が、私の心を熱く発火させては流れてゆく。
「お前のことを見たら、後戻り出来なくなっちまったじゃねぇか」
私は、ボスキのセリフ一つ一つに陶然としていた。
「フ、なんだよその顔。お前はハウレスのものじゃなかったのか?」
何を言われても、私は胸がいっぱいいっぱいで、返事をすることが出来ない。頭や、喉や、腕や、頬や、いろんなところに心臓があるみたいに、全身がバクバク鳴っている。
しばらくボスキは私のことをじっと見つめていたが、
「決めた。俺はハウレスから、お前を奪ってやる」
そう言ってニッと笑った。
一度体を離すと、ボスキは頓着をせずまたたくまに私を引き離してしまった。未だ全身の熱が引かない私が、寂しさを感じてしまう程に。
「あいつらに任せっきりじゃあ、危なっかしい主様を守りきれねぇみてぇだしな」
私は、屋敷に向かって歩き出したボスキの背中を追いかけた。隣に並ぶと、ボスキは私の顔を見て不敵に笑う。
「ってことで主様、これからもよろしくな」
秘密の攻撃:主視点
戻ったボスキは他の執事から散々な言われようだったが、それは彼らの〝心配〟という形を取った愛情だった。やがてボスキもいつも通りの執事生活に戻り、屋敷には明るさが返ってきた。
一つ変わったことは、ボスキの私に対する態度だ。私だってあんなことがあれば、少なからずボスキのことを気にしてしまう。ボスキの方は一見以前と変わっていないように見えたが、他の誰も見ていない時には、ここぞとばかり〝攻撃〟をしかけてきた。
二人きりで外出した時など、人目の無い道に入ると、ボスキは無言で私の体を引き寄せ、唇を重ねてくる。ボスキと二人きりでいる機会なんてそう訪れなさそうな気がするのに、そのタイミングは思いもかけずにちょくちょく現れた。硬直する体の内側で、熱くなった心臓が激しく暴れ回る。
ボスキのキスは、いつもスッと自然で手慣れた感じだった。湖面に落ち葉がスワリと吸い付くみたいに。
あの粗暴なボスキからはちょっと想像出来ない、静かで軽やかでささやかなキスだ。ハウレスの、荒々しくて不格好で気持ちを迸らせた熱いキスとは正反対の、静的で上品なキスだ。
世界が真っ白になってしまったかのように、音もなく静謐な空間に誘われる。
自分の居場所はここだと言わんかのように、彼の唇は私の唇にピタリと落ち着く。
唇を離した後の少しぼんやりしたボスキの目を見ると、私は恍惚のあまり、一瞬記憶が飛んでしまいそうになる。そんな私の表情を、ボスキは大事に拾い上げる。
「お前は可愛い」
他の誰にも聞こえない、私にしか届かない、吐息のような、低い声で。
そんな大人びたキスで私の心を攫いながら、時折ボスキは真面目な表情でこんな事を言ったりする。
「この唇にアイツの唾液が付こうもんなら、俺がこうして拭い取ってやるよ」
はたまた、キスの直後のぼうっとした私の顔を見て、弄ぶかのように、
「お前、俺のキスが好きだろう?」
とからかってきたりもする。
屋敷にいる時、ついついボスキのことを意識してしまう私に気づき、他の執事に決して見つからない絶妙なタイミングで、
「どうした? 俺に気が向いてきたのか?」
と、私の反応を楽しむように呟いてくることも。
とうとう私がムッとして、
「ボスキは、ホントに私のこと想ってくれてるの? それとも、ただハウレスに負けたくないだけ?」
とやり返すと、しばらく押し黙り、次の機会が訪れた時には、ボスキはもっとやさしく素直なキスをしてくれる。
「あの時の問いの答えだよ」
とでも言うかのように。
ボスキ編 終わり
ボスキについて(桃花的感想)
ボスキングについて
ハウ様からの続きでネタ的に書き始めたら、案外ハマっちゃったボスキング。普段不真面目で「めんどくせー」が口癖の粗野キャラに真っ直ぐな言葉を言われると、キュンキュンしちゃうよね。
運営様、ぜひともボイス実装お願いします笑→「この唇にアイツの唾液が付こうもんなら、俺がこうして拭い取ってやるよ」
ささやかな疑問
ボスキは入浴後にあの長い髪の毛を、何で乾かして(もらって)いるのだろう?
……うちわ?
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